光学情報読取装置事件

  • 日本判例研究レポート
  • 知財判決例-審取(当事者係)
判決日 2019.01.24
事件番号 H30(行ケ)10080
担当部 知財高裁第4部
発明の名称 光学情報読取装置
キーワード 明確性
事案の内容 特許無効審判の請求棄却審決に対する審決取消訴訟であり、請求が棄却された事案。
構成Gの「所定値」とは,「露光時間」の「調整」など読取りに際して所与の調整を行うことにより,「光学的センサの中心部においても周辺部においても適切に読取が可能となる」位置に射出瞳位置を設定することによって特定される「前記光学的センサの中心部に位置する受光素子からの出力に対する前記光学的センサの周辺部に位置する受光素子からの出力の比」の値を意味するものと解されると判示した点がポイント。

事案の内容

【経緯】
平成 9年10月27日 特許出願(特願平9-294447号)
平成18年 7月 7日 設定登録(特許第3823487号)
平成24年12月 7日 訂正審判請求(訂正2012-390156号)
平成25年 2月19日 訂正明細書及び特許請求の範囲を補正
平成25年 3月19日 訂正拒絶審決
平成25年 4月25日 審決取消訴訟(平成25年(行ケ)10115号)
平成27年 2月26日 訂正拒絶審決を取り消す旨の判決→確定
平成27年 7月 2日 本件訂正を認める旨の審決
平成29年 2月 7日 特許無効審判請求(無効2017-800019号)
平成30年 1月31日 請求が成り立たないとの審決(本件審決)
平成30年 6月 7日 審決取消訴訟(本件)
 
【特許請求の範囲】
A 複数のレンズで構成され,読み取り対象からの反射光を所定の読取位置に結像させる結像レンズと,
B 前記読み取り対象の画像を受光するために前記読取位置に配置され,その受光した光の強さに応じた電気信号を出力する複数の受光素子が2次元的に配列されると共に,当該受光素子毎に集光レンズが設けられた光学的センサと,
C 該光学的センサへの前記反射光の通過を制限する絞りと,
D D1 前記光学的センサからの出力信号を増幅して,
D2 閾値に基づいて2値化し,
D3 2値化された信号の中から所定の周波数成分比を検出し,
D4 検出結果を出力するカメラ部制御装置と,
E を備える光学情報読取装置において,
F 前記読み取り対象からの反射光が前記絞りを通過した後で前記結像レンズに入射するよう,前記絞りを配置することによって,前記光学的センサから射出瞳位置までの距離を相対的に長く設定し,
G 前記光学的センサの中心部に位置する受光素子からの出力に対する前記光学的センサの周辺部に位置する受光素子からの出力の比が所定値以上となるように,前記射出瞳位置を設定して,露光時間などの調整で,中心部においても周辺部においても読取が可能となるようにしたことを特徴とする
H 光学情報読取装置。
 
【本件審決の要旨】
 本件審決の理由は,別紙審決書(写し)のとおりである。その要旨は,以下のとおり,原告主張の無効理由1(明確性要件違反)及び無効理由2(実施可能要件違反)は,いずれも理由がないというものである。
 
 原告(請求人)は,本件発明の構成Dの「所定の周波数成分比」,構成Fの「相対的に長く設定し」及び構成Gの「所定値」について,特許請求の範囲の記載が明確でなく,本件特許は,特許法36条6項2号に規定する要件(明確性要件)に違反する旨主張する。
 原告(請求人)は,本件発明の構成Dの「所定の周波数成分比」,構成Fの「相対的に長く設定し」及び構成Gの「所定値」をそれぞれ含む構成D,F及びGについて,発明の詳細な説明の記載が明確かつ十分でなく,本件特許は,特許法36条4項に規定する要件(実施可能要件)に違反する旨主張する。
 
【取消事由】
取消事由1(明確性要件の判断の誤り)
取消事由2(実施可能要件の判断の誤り)
 
【裁判所の判断】
1 取消事由1(明確性要件の判断の誤り)について
~省略~
⑶ 明確性要件の適合性について
ア 構成Dの「所定の周波数成分比」について
(ア) 本件発明の特許請求の範囲(請求項1)の文言によれば,構成Dの「所定の周波数成分比」は,カメラ部制御装置において,読み取り対象の画像を受光する光学的センサからの出力信号を増幅して,閾値に基づいて2値化し,2値化された信号の中から検出され,その検出結果が出力されるものであるが,請求項1には,「所定の周波数成分比」の値を具体的に規定した記載はない。
 次に,本件明細書(甲6,8,乙2の2)には,「所定の周波数成分比」の語を定義した記載はない。一方で,本件明細書の記載事項(【0029】ないし【0031】,図4)によれば,本件明細書には,実施例として,2次元コード読取装置のCCDエリアセンサ41が撮像した2次元画像を水平方向の走査線信号として出力し,カメラ部制御装置50において,これをAGCアンプ52及び補助アンプ56によって増幅し,増幅された走査線信号は2値化回路57によって閾値に基づいて2値化され,周波数分析器58は2値化された走査線信号の内から「所定の周波数成分比」を検出し,その検出結果を画像メモリコントローラ61に出力することの開示があることが認められる。
 以上の本件発明の特許請求の範囲(請求項1)の文言,本件明細書の開示事項及び2次元コード読取装置の技術分野における本件出願当時の技術常識(前記(2)イ)に鑑みると,本件発明の構成Dの「所定の周波数成分比」は,上記技術常識における用語と同義であるものと認められるから,読み取り対象の画像(2次元コードマトリックス)に配置された「位置決め用シンボル」(パターン)の中心を横切る(通る)走査線における「白(明)」が連続する長さと「黒(暗)」が連続する長さの比(「位置決め用シンボル」の中心を通るあらゆる走査線における同一の比率)を意味するものと解される。
 したがって,本件発明の構成Dの「所定の周波数成分比」の内容は明確である。
 
イ 構成Fの「相対的に長く設定し」について
(ア) 本件発明の特許請求の範囲(請求項1)の構成Fの記載は,「前記読み取り対象からの反射光が前記絞りを通過した後で前記結像レンズに入射するよう,前記絞りを配置することによって,前記光学的センサから射出瞳位置までの距離を相対的に長く設定し」というものである。
 上記記載から,「光学的センサから射出瞳位置までの距離」を「相対的に長く設定」することは,「読み取り対象からの反射光が絞りを通過した後で結像レンズに入射するよう,絞りを配置すること」の結果として得られるものであることを理解することができる。
 また,本件明細書には,光学的センサから射出瞳までの距離(射出瞳距離)は,光学的センサから絞りまでの光学的距離が長くなれば,それに伴って長くなるところ,従来の光学情報読取装置では,複数の結像レンズ間に絞りが配置されていたものを,「本発明」では,読取り対象からの反射光が絞りを通過した後で結像レンズに入射するよう絞りを配置する構成を採用したことにより,光学的センサから射出瞳位置までの距離(射出瞳距離)を相対的に長く設定することができること(【0009】,【0040】,【0041】,図6)の開示があることが認められる。
 以上の本件発明の特許請求の範囲(請求項1)の文言及び本件明細書の開示事項に鑑みると,本件発明の構成Fの「相対的に長く設定し」とは,絞りの配置が「前記読み取り対象からの反射光が前記絞りを通過した後で前記結像レンズに入射するよう」配置されたものではないものと比較して,光学的センサから「射出瞳位置までの距離」を「長く設定」することを意味するものと解される。
 したがって,本件発明の構成Fの「相対的に長く設定し」の内容は明確である。
(イ)これに対し原告は,本件発明の特許請求の範囲(請求項1)において,「相対的に」の基準が明確でないため,「相対的に長く設定し」の記載からは,射出瞳位置までの距離がどのように設定されていることを意味するのか,どのようなものが本件発明の技術的範囲に含まれるのかを理解することができないから,構成Fの「相対的に長く設定し」の記載は,明確であるとはいえない旨主張する。
 しかしながら,前記(ア)の認定事実によれば,「相対的に」の基準となる比較の対象は,絞りの配置が「前記読み取り対象からの反射光が前記絞りを通過した後で前記結像レンズに入射するよう」配置されたものではない構成のものにおける射出瞳距離を意味することは明らかであるから,原告の上記主張は,その前提を欠くものであって,理由がない。
 
ウ 構成Gの「所定値」について
 ~省略~
 以上の本件発明の特許請求の範囲(請求項1)の文言及び本件明細書の記載に鑑みると,構成Gは,「前記読み取り対象からの反射光が前記絞りを通過した後で前記結像レンズに入射するよう,前記絞りを配置すること」によって「射出瞳位置を設定」することを前提とした上で,「露光時間などの調整」により,「光学的センサの中心部においても周辺部においても読取が可能となるように」すること,すなわち,光学的センサの中心部に位置する受光素子から得られた信号を2値化するために用いられる閾値に基づいて,光学的センサの周辺部に位置する受光素子から得られた信号を2値化することが可能であるような強さの光を,周辺部に位置する受光素子が受光できるように,射出瞳位置を設定することを特定したものであることが認められる。
 そうすると,構成Gの「所定値」とは,「露光時間」の「調整」など読取りに際して所与の調整を行うことにより,「光学的センサの中心部においても周辺部においても適切に読取が可能となる」位置に射出瞳位置を設定することによって特定される「前記光学的センサの中心部に位置する受光素子からの出力に対する前記光学的センサの周辺部に位置する受光素子からの出力の比」の値を意味するものと解される。
 したがって,本件発明の構成Gの「所定値」の内容は明確である。
(イ) これに対し原告は,構成Gの「所定値」については,本件発明の特許請求の範囲(請求項1)に規定がなく,本件明細書にも,それがいかなる値を意味するのかの手掛かりとなる記載がないため,本件明細書に接した当業者は,「所定値」がいかなる値であれば本件発明の課題が解決されるのかを理解することができないし,また,中心部に位置する受光素子からの出力信号を2値化するために用いられる「閾値」は明らかにされておらず,「所定値」の値は,特許請求の範囲の記載から一義的に定まるものではないから,構成Gの「所定値」の記載は,明確であるとはいえない旨主張する。
 しかしながら,構成Gの「所定値」とは,あらかじめ一律に定められた特定の数値をいうものではなく,「露光時間」の「調整」など読取りに際して所与の調整を行うことにより,「光学的センサの中心部においても周辺部においても適切に読取が可能となる」位置に射出瞳位置を設定することによって特定される「前記光学的センサの中心部に位置する受光素子からの出力に対する前記光学的センサの周辺部に位置する受光素子からの出力の比」の値を意味するものであることは,前記(ア)認定のとおりである。
 また,「前記読み取り対象からの反射光が前記絞りを通過した後で前記結像レンズに入射するよう」絞りの配置をする際に,「露光時間」の「調整」など読取りに際して所与の調整を行うことにより,「光学的センサの中心部においても周辺部においても適切に読取が可能となる」位置に射出瞳位置を設定することは,当業者が適宜考慮して定める設計的事項であるというべきであるから,請求項1に「所定値」の具体的な値が記載されていないからといって,構成Gの「所定値」の内容が明確でないとはいえない。
 したがって,原告の上記主張は理由がない。
エ 小括
 以上のとおり,構成Dの「所定の周波数成分比」,構成Fの「相対的に長く設定し」及び構成Gの「所定値」の内容はいずれも明確であり,本件発明の特許請求の範囲(請求項1)の記載は,特許を受けようとする発明が明確であるものと認められるから,本件特許は明確性要件に適合する。
 
3 結論
以上のとおり,原告主張の取消事由はいずれも理由がなく,本件審決にこれ
を取り消すべき違法は認められない。
したがって,原告の請求は棄却されるべきものである。
 
【所感】
 明細書や出願時の技術常識を考慮して、明確性の判断が正当に成されたと感じる。
 審査の段階において、「所定値」などは不明確であると一律に拒絶理由が通知される場合がある。しかしながら、審査基準第II部第2章第3節2.2や、本判決のように、明細書や技術常識を考慮して発明特定事項の範囲を当業者が理解できるかどうかを検討することが大切である。