光学情報読取装置事件

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  • 知財判決例-侵害系
判決日 2018.09.26
事件番号 H30(ネ)10015
担当部 知財高裁第4部
発明の名称 光学情報読取装置
キーワード 進歩性、新規な課題、動機付け
事案の内容 特許権侵害の差止など請求訴訟の控訴審であり、特許権者(控訴人)の請求が棄却された事案。
周辺部における受光素子の相対的な光量不足は,ビデオカメラやスチルビデオカメラに用いた場合のみに生じる特有の事象ではなく,受光素子ごとにマイクロレンズ(集光レンズ)が設けられた固体撮像素子(光学的センサ)を備えた2次元コードリーダにおいても生じ得る事象であるといえるから,控訴人の上記主張は採用することができないと判示された点がポイント。

事案の内容

【経緯】
 平成 9年10月27日 特許出願
 平成18年 7月 7日 設定登録(特許第3823487号)
                特許権侵害差止等請求
 平成30年 1月30日 原告(特許権者)の請求棄却判決
                →原告控訴
 
【特許請求の範囲】
A 複数のレンズで構成され,読み取り対象からの反射光を所定の読取位置に結像させる結像レンズと,
B 前記読み取り対象の画像を受光するために前記読取位置に配置され,その受光した光の強さに応じた電気信号を出力する複数の受光素子が2次元的に配列されると共に,当該受光素子毎に集光レンズが設けられた光学的センサと,
C 該光学的センサへの前記反射光の通過を制限する絞りと,
D 前記光学的センサからの出力信号を増幅して,閾値に基づいて2値化し,2値化された信号の中から所定の周波数成分比を検出し,検出結果を出力するカメラ部制御装置と,
E を備える光学情報読取装置において,
F 前記読み取り対象からの反射光が前記絞りを通過した後で前記結像レンズに入射するよう,前記絞りを配置することによって,前記光学的センサから射出瞳位置までの距離を相対的に長く設定し,
G 前記光学的センサの中心部に位置する受光素子からの出力に対する前記光学的センサの周辺部に位置する受光素子からの出力の比が所定値以上となるように,前記射出瞳位置を設定して,露光時間などの調整で,中心部においても周辺部においても読取が可能となるようにした
ことを特徴とする光学情報読取装置。」
 
【争点】
(イ) 2次元コードリーダ(IT4400)を主引用例とする進歩性欠如
 
【地裁の判決の要旨】
(1)争点2-2(本件発明について,2次元コードリーダ(IT4400)に基づき進歩性を欠如するか)について
 事案に鑑み,まず,争点2-2(2次元コードリーダ(IT4400)に基づく進性欠如)について判断する。)
 
争点2-2(本件発明について,2次元コードリーダ(IT4400)に基づき進歩性を欠如するか)について
 事案に鑑み,まず,争点2-2(2次元コードリーダ(IT4400)に基づく進歩性欠如)について判断する。
 
(2) 本件特許出願前に,「IT4400」により実施された発明(公知発明2)は日本国内で公然実施されていたか
 前記(1)ア,オ,カの事実によれば,「IT4400」は,本件特許出願日(平成9年10月27日)前に日本国内で販売されており,「IT4400」により実施された発明(公知発明2)は,本件特許出願日前に公然実施されていたものと認められる。
 
(4) 本件発明と「IT4400」により実施された公知発明2との一致点・相違点
(一致点)
複数のレンズで構成され,読み取り対象からの反射光を所定の読取装置に結像させる結像レンズと,前記読み取り対象の画像を受光するために前記読取位置に配置され,その受光した光の強さに応じた電気信号を出力する複数の受光素子が2次元的に配列されるとともに,当該受光素子ごとに集光レンズが設けられた光学的センサと,当該光学的センサへの前記反射光の通過を制限する絞りとを備える光学情報読取装置である点。
 
(相違点1)
本件発明は,「前記読み取り対象からの反射光が前記絞りを通過した後で前記結像レンズに入射するよう,前記絞りを配置することによって,前記光学的センサから射出瞳位置までの距離を相対的に長く設定し」ているのに対して,公知発明2においては,絞りは複数のレンズの間に配置されている点(構成要件F)。
→(地裁の判断)
デジタルカメラの原理や技術を採用したものと認められ,デジタルカメラと同じ課題を有するといえる。
これらの文献には,画像周辺部における光量不足や,射出瞳から像面までの距離の不足といった課題を解決するために「射出瞳を結像面から離した構造として,全てのレンズの前面(読取対象側)に絞りを配置する」構成とすることが記載されており,同技術は,本件特許出願時点で周知であったといえる。
以上によれば,公知発明2に,乙11ないし15に記載されたデジタルカメラ等の光学系に関する上記技術を組み合わせる動機付けはあったといえ,同組合せによれば,相違点1に係る構成は容易想到というべきである。
 
(相違点2)
本件発明は,「前記光学的センサの中心部に位置する受光素子からの出力に対する前記光学的センサの周辺部に位置する受光素子からの出力の比が所定値以上となるように,前記射出瞳位置を設定して,露光時間などの調整で,中心部においても周辺部においても読取が可能となるようにしている」のに対し,公知発明2がかかる構成を備えるか不明である点(構成要件G)。
→(地裁の判断)
適切な読み取りを実現するために絞りを最適な位置に調整することは,当業者であれば当然に行うことと認められる。
 
(相違点3)
本件発明は,「前記光学的センサからの出力信号を増幅して,閾値に基づいて2値化し,2値化された信号の中から所定の周波数成分比を検出し,検出結果を出力するカメラ部制御装置」を備えるのに対し,公知発明2がかかる構成を備えるか不明である点(構成要件D)。
→(地裁の判断)
相違点3に係る構成については,出力信号を増幅する技術(乙8,25ないし31参照),2値化する周知技術(乙5,9等参照)や,2値化された信号の中から所定の周波数成分の検出を行う制御回路を設ける公知技術(乙5,乙24等参照)により容易想到である(この点について,原告は特段争っていない。)。
 
【高裁の判断】
 当裁判所も,本件発明は本件特許出願前に公然実施されていたIT4400
に係る発明及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認められ,本件発明に係る本件特許は特許無効審判により無効にされるべきものであるから,控訴人の請求は理由がないものと判断する。その理由は,以下のとおりである。
 
⑷ 相違点1の容易想到性について
(イ) 前記(ア)の記載事項を総合すると,本件特許出願当時,①複数の受光素子の受光面に凸レンズからなるマイクロレンズ(集光レンズ)がそれぞれ設けられた固体撮像素子(光学的センサ)においては,光学的センサの周辺部にある集光レンズに入射する光束の入射角が集光レンズの光軸に対して大きく傾くことにより,「ケラレ」が生じ,周辺部における受光素子に有効に入射しなくなる結果,周辺部における受光素子の光量が光学的センサの中心部における光量に比して不足するという問題があること,②この周辺部における受光素子の光量不足の問題を解決するための一つの手段として,「絞り」を複数のレンズで構成される結合レンズの全てのレンズよりも被写体側に配置することによって,射出瞳位置を像面から遠い位置とし,光学的センサの周辺部にある集光レンズに入射する光束の入射角の集光レンズの光軸に対する傾きを小さくする技術があることは,周知であったものと認められる。
(ウ) この点について控訴人は,乙12ないし15は,いずれも2次元コードリーダでの採用を念頭に置いていないビデオカメラでの技術を開示しているにすぎないから,前記(イ)①及び②に係る技術は,2次元コードリーダに関するものではない旨主張する。
 しかしながら,乙12は,ビデオカメラやスチルビデオカメラ等の撮影レンズとして好適な3枚玉による結像レンズに関する文献,乙13は,ビデオカメラやスチールビデオカメラに好適に利用できる,撮影用トリプレットレンズに関する文献,乙14は,ビデオカメラや電子スティルカメラに使用される,レンズ群より物体側に絞りが設けられた撮影レンズ装置に関する文献,乙15は,ビデオカメラやスチルビデオカメラに良好に利用できる撮像用結像レンズに関する文献であり,これらの文献には2次元コードリーダに関する直接の記載はないが,これらの文献から,受光素子ごとにマイクロレンズ(集光レンズ)が設けられた固体撮像素子(光学的センサ)の周辺部における受光素子の相対的な光量不足は,光学的センサの構成に起因して必然的に生じる事象であって,光学的センサの撮像対象の相違によって異なるものではないことを理解することができる。
 したがって,このような周辺部における受光素子の相対的な光量不足は,ビデオカメラやスチルビデオカメラに用いた場合のみに生じる特有の事象ではなく,受光素子ごとにマイクロレンズ(集光レンズ)が設けられた固体撮像素子(光学的センサ)を備えた2次元コードリーダにおいても生じ得る事象であるといえるから,控訴人の上記主張は採用することができない。
 
イ 相違点1の容易想到性の有無について
(ア) 前記⑴の認定事実によれば,①ソニー社が開発したICX084ALは,本件特許出願前の平成7年7月以前から販売されていた製品であって,オンチップレンズ(マイクロレンズ)を備えたCCDセンサ(光学的センサ)であること,その適切な用途として,PCインプットカメラや電子スチルカメラのほか,2次元バーコードリーダにも用い得ることが,本件特許出願当時に広く知られていたこと,・・・(中略)・・・
 上記認定事実によれば,IT4400が,受光素子ごとにマイクロレンズ(集光レンズ)が設けられた固体撮像素子(CCDセンサ)を備えた2次元コードリーダであることは,本件特許出願当時に広く知られていたものと認められる。
 
(イ) 加えて,本件特許出願当時,①受光素子ごとにマイクロレンズ(集光レンズ)が設けられた固体撮像素子(光学的センサ)においては,光学的センサの周辺部にある集光レンズに入射する光束の入射角が集光レンズの光軸に対して大きく傾くことにより,「ケラレ」が生じ,周辺部における受光素子に有効に入射しなくなる結果,周辺部における受光素子の光量が光学的センサの中心部における光量に比して不足するという問題があること,②この周辺部における受光素子の光量不足の問題を解決するための一つの手段として,「絞り」を複数のレンズで構成される結合レンズの全てのレンズよりも被写体側に配置することによって,射出瞳位置を像面から遠い位置とし,光学的センサの周辺部にある集光レンズに入射する光束の入射角の集光レンズの光軸に対する傾きを小さくする技術があることが,周知であったことは,前記ア(イ)認定のとおりである。
 
(ウ) 前記(ア)及び(イ)によれば,IT4400に係る発明に接した当業者は,絞りが結像レンズの間に配置されているIT4400に係る発明においては,受光素子ごとにマイクロレンズ(集光レンズ)が設けられた固体撮像素子(CCDセンサ)の周辺部における受光素子に有効に入射しなくなる結果,周辺部における受光素子の光量が光学的センサの中心部における光量に比して不足するという問題が生じ得ること(前記(イ)①)を認識し,このような問題を解決するために,「絞り」を複数のレンズで構成される結合レンズの全てのレンズよりも被写体側に配置する構成(前記(イ)②)とする動機付けがあったものと認められる。
 したがって,当業者は,IT4400に係る発明及び前記(イ)①及び②の周知事項又は周知技術に基づいて,IT4400に係る発明において,「読取り対象からの反射光が絞りを通過した後で結像レンズに入射するよう,絞りを配置することによって,光学的センサから射出瞳位置までの距離を相対的に長く設定」する構成(相違点1に係る本件発明の構成)とすることを容易に想到することができたものと認められる。
 
(エ) これに対し,控訴人は,本件特許出願当時,マイクロレンズ付きCCDを2次元コードリーダに用いたときに,光学系の軸の長さの影響を受けて周辺部の集光率が低下し,周辺部の読取性能が落ち,コードの読取りに影響が生じるという2次元コードリーダにおける課題は当業者に認識されていない「新規な課題」であったこと,ビデオカメラ等の技術と2次元コードリーダの技術分野とでは,画像認識の仕組み,光学系の設計思想が相違し,CCDが画像認識をした後の画像データの処理も全く異なるから,両者が共に同じCCDを用いて構成されていたとしても,技術分野の共通性に直結するものではないことからすると,IT4400に接した当業者において,2次元コードリーダにおける上記課題を認識することはできなかったのみならず,異なる技術分野のビデオカメラ装置についての前記(イ)②の技術を適用すれば上記課題を解決できるものと認識することもできなかったから,IT4400に係る発明に前記(イ)②の技術を組み合わせる動機付けはない旨主張する。
 しかしながら,控訴人がいう2次元コードリーダにおける課題は,受光素子ごとにマイクロレンズ(集光レンズ)が設けられた固体撮像素子(光学的センサ)の周辺部における受光素子の相対的な光量不足により,周辺部の読取性能が落ち,コードの読取りに影響が生じることをいうものであるが,このような周辺部における受光素子の相対的な光量不足の問題は,本件特許出願当時周知であったことは前記(イ)①のとおりであるから,「新規な課題」であるということはできない。
 また,控訴人がいうようにビデオカメラ等の技術と2次元コードリーダの技術分野とでは,画像認識の仕組み,光学系の設計思想,CCDが画像認識をした後の画像データの処理の点で異なるとしても,そのことは,ビデオカメラ等で生じる上記周辺部における受光素子の相対的な光量不足の問題が2次元コードリーダでは問題とならないことを裏付けるものではない。
したがって,控訴人の上記主張は採用することができない。
 
3 結論
以上のとおり,控訴人の損害賠償請求は理由がないから,これを棄却した原判決は相当である。
したがって,本件控訴は理由がないから,これを棄却することとし,主文のとおり判決する。
 
【所感】
 対象となる特許権の訂正審判の審決取消訴訟(H25(行ケ)第10115)では、以下のように動機付けが否定されている。
「相違点については、出願当時周知技術であると認定しつつも、刊行物1(特開平8-180126号公報)には,引用発明に上記周知技術を適用することについて動機付けとなるような記載や示唆はなく,また,甲8~10にも,上記周知技術を光学情報読取装置における2次元コードの読み取りに適用することを開示又は示唆する記載もないのであるから,甲8~10の記載を前提としても,引用発明において,相違点Aに係る本件訂正発明1の構成を備えるようにする動機付けは見い出し難いというべきである。」
 
 二次元バーコードリーダとデジタルカメラとでは技術分野が異なるとも考えられる。しかしながら、今回の主引例はバーコードリーダ(IT4400)であり、このバーコードリーダには、PCインプットカメラや電子スチルカメラのほか,2次元バーコードリーダにも用いられるCCDセンサが搭載されている点が認定されている。よって、バーコードリーダもカメラ同様にCCDセンサを用いた技術であることを前提として、新規な課題を否定したり動機付けを認定したりした高裁の判断は妥当であると感じる。
 
 控訴人は、二次元コードリーダでは、明るいか暗いかの「0」、「1」で判断するバイナリーコードであり、ビデオカメラなどのように全体の像がはっきりと映ることが必須事項でないなどの主張することで、カメラとの技術の違いを主張しているが、請求項1の構成要素に二次元コードリーダ特有の要素が反映されていないように感じる。例えば、相違点2における、中心部の受光素子と周辺部の受光素子の出力の比を、二次元コードリーダ特有の値などに訂正することで、反論の余地はあったと感じる。