債務不存在確認請求控訴事件 等
発明の名称 |
移動通信システムにおける予め設定された長さインジケータを用いてパケットデータを送受信する方法及び装置 |
事案の内容
【事件番号】
H25(ネ)10043 債務不存在確認請求控訴事件(事件A)
H25(ラ)10007 特許権仮処分命令申立却下決定に対する抗告申立事件(事件B)
H25(ラ)10008 特許権仮処分命令申立却下決定に対する抗告申立事件(事件C)
【経緯】
平成18年 5月 4日 サムスンが特許出願
平成19年 8月 7日 上記特許出願について、サムスンがETSI(欧州電気通信標準化機構)に対してFRAND宣言
平成22年12月10日 登録(標準特許4642898号)
平成23年 4月21日 サムスンがアップルに対して差止め等求める仮処分命令申立(アップルの侵害被疑品の生産等に対して)
(平成23年 4月29日からアップルとサムスン間における書簡によるライセンス交渉開始)
平成23年 9月16日 アップルがサムスンの標準特許に基づく損害賠償をする必要がない事を確認する訴訟を提起
平成25年 2月28日 東京地裁46部により、サムスンによる損害賠償請求権の行使は権利の濫用にあたるFRと判断(H23(ワ)38969)。
平成25年 2月28日 東京地裁46部により、サムスンによる差止請求権の行使は権利の濫用にあたると判断(H23(ヨ)22027,22098)。
【事案の概要】
本件は、H23(ワ)38969における判断を不服として控訴を提起した事案(事件A)とH23(ヨ)22027,22098における判断を不服として抗告を提起した事案(事件B、事件C)である。FRAND宣言された特許権に基づく損害賠償請求権の行使および差止請求権の行使は制限されると判断された点がポイント。
【争点】
(1)技術的範囲の属否
(2)間接侵害の成否
(3)特許法104条の3第1項の規定による権利行使の制限の可否
(4)消尽の有無
(5)ライセンス契約の成否
(6)損害賠償請求権の行使の権利濫用の成否
(7)損害額
(8)差止請求権の行使の権利濫用の成否
(1)~(7)は事件Aの争点、(8)は事件B,事件Cの争点
※(1)~(5)、(7)については省略。
【サムスンの特許4642898号について】
・UMTS規格(Universal Mobile Telecommunications System)に準拠した製品の実施に必須の特許権。
UMTS規格とは、第3世代移動通信システムないし第3世代携帯電話システム(3G)の普及促進と付随する仕様の世界標準化を目的とする民間団体である3GPP(Third Generation Partnership Project)が策定した通信規格。
・本件特許権は、FRAND宣言された特許権である。
FRAND宣言とは、技術標準の策定の際に標準化団体が団体参加者に表明することを要求する、標準必須特許の活用(実施許諾)の条件に関する宣言であって、有償であるが合理的かつ非差別的かつ公平な条件で実施許諾を行うというもの。別の表現で言えば、「公正、合理的かつ非差別的な条件」(Fair, Reasonable and Non-Discriminatory terms and conditions)(FRAND条件)で取消不能なライセンスを許諾する用意がある旨の宣言のこと。
【FRAND宣言の意義についての説明】
・標準規格に適合した一定の機能を有する製品を普及させたい場合、その製品を製造するために回避することのできない特許(必須特許)が存在することがある。
・この場合、標準規格を採用した製品を生産等する者は、必須特許を実施することを避けては通れないために、特許権者とのライセンス交渉においては極めて弱い立場に立たされる。一方で、必須特許について特許権を認めない、または特許権の放棄を強制することは、特許権者が著しく不利となり、技術開発の意欲を減少させる。
・そこで、業界団体は、ある一定の規格を標準規格と定めた上で、当該標準規格の普及と業界内での関係技術の相互利用を図るため標準化団体を設立する。そして、各標準化団体は、参加者に対して標準規格に必要な知的財産権の開示義務を課し、これに併せてFRAND条件によるライセンス契約をすることを求めることにより、技術の標準化の必要性と知的財産権の保有者の権利との間のバランスをはかっている。すなわち、特許権者側は標準規格に適合した製品が広く普及することにより、まとまったライセンス料を得ることが可能となり、利用者側は比較的低コストで製品を製造・販売等することが可能となる。
【裁判所の判断】(事件Aの判決文より引用)
a FRAND条件でのライセンス料相当額を超える損害賠償請求
→特段の事情のない限り許されないと判断された。
〇UMTS規格に準拠した製品を製造,販売等しようとする者は,UMTS規格に準拠した製品を製造,販売等するのに必須となる特許権のうち,少なくともETSIの会員が保有するものについては,…特許権者とのしかるべき交渉の結果,将来,FRAND条件によるライセンスを受けられるであろうと信頼するが,その信頼は保護に値するというべきである。したがって,本件FRAND宣言がされている本件特許についてFRAND条件でのライセンス料相当額を超える損害賠償請求権の行使を許容することは,このような期待を抱いてUMTS規格に準拠した製品を製造,販売する者の信頼を害することになる。
〇必須宣言特許(控訴人がUMTS規格の必須特許であるとの宣言をした特許のこと)を保有する者は,UMTS規格に準拠する者のかかる期待を背景に,UMTS規格の一部となった本件特許を含む特許権が全世界の多数の事業者等によって幅広く利用され,それに応じて,UMTS規格の一部とならなければ到底得られなかったであろう規模のライセンス料収入が得られるという利益を得ることができる。また,本件FRAND宣言を含めてETSIのIPRポリシーの要求するFRAND宣言をした者については,自らの意思で取消不能なライセンスをFRAND条件で許諾する用意がある旨を宣言しているのであるから,FRAND条件でのライセンス料相当額を超えた損害賠償請求権を許容する必要性は高くないといえる。したがって,FRAND宣言をした特許権者が,当該特許権に基づいて,FRAND条件でのライセンス料相当額を超える損害賠償請求をする場合,そのような請求を受けた相手方は,特許権者がFRAND宣言をした事実を主張,立証をすれば,ライセンス料相当額を超える請求を拒むことができると解すべきである。
〇これに対し,特許権者が,相手方がFRAND条件によるライセンスを受ける意思を有しない等の特段の事情が存することについて主張,立証をすれば,FRAND条件でのライセンス料を超える損害賠償請求部分についても許容されるというべきである。そのような相手方については,そもそもFRAND宣言による利益を受ける意思を有しないのであるから,特許権者の損害賠償請求権がFRAND条件でのライセンス料相当額に限定される理由はない。もっとも,FRAND条件でのライセンス料相当額を超える損害賠償請求を許容することは,前記のとおりの弊害が存することに照らすならば,相手方がFRAND条件によるライセンスを受ける意思を有しないとの特段の事情は,厳格に認定されるべきである。
b FRAND条件でのライセンス料相当額の範囲内の損害賠償請求
→特段の事情のない限り制限されるべきでないと判断された。
〇FRAND条件でのライセンス料相当額の範囲内での損害賠償請求については,必須宣言特許による場合であっても,制限されるべきではないといえる。
すなわち,UMTS規格に準拠した製品を製造,販売等しようとする者は,FRAND条件でのライセンス料相当額については,将来支払うべきことを想定して事業を開始しているものと想定される。また,ETSIのIPRポリシーの3.2項は「IPRの保有者は・・・IPRの使用につき適切かつ公平に補償を受ける」(IPR holders should be adequately and fairly rewarded for the use of their IPRs[.])ことをもETSIのIPRポリシーの目的の一つと定めており,特許権者に対する適切な補償を確保することは,この点からも要請されているものである。
〇ただし,FRAND宣言に至る過程やライセンス交渉過程等で現れた諸般の事情を総合した結果,当該損害賠償請求権が発明の公開に対する対価として重要な意味を有することを考慮してもなお,ライセンス料相当額の範囲内の損害賠償請求を許すことが著しく不公正であると認められるなど特段の事情が存することについて,相手方から主張立証がされた場合には,権利濫用としてかかる請求が制限されることは妨げられないというべきである。
c まとめ
〇以上を総合すれば,本件FRAND宣言をした控訴人を含めて,FRAND宣言をしている者による損害賠償請求について,①FRAND条件でのライセンス料相当額を超える損害賠償請求を認めることは,上記aの特段の事情のない限り許されないというべきであるが,他方,②FRAND条件でのライセンス料相当額の範囲内での損害賠償請求については,必須宣言特許による場合であっても,上記bの特段の事情のない限り,制限されるべきではないといえる。
FRAND宣言と差止請求権の行使について(事件B、Cの判決文より引用)
〇…したがって,本件FRAND宣言がされている本件特許について,無制限に差止請求権の行使を許容することは,このような期待を抱いてUMTS規格に準拠した製品を製造,販売する者の信頼を害することになる。
〇…FRAND条件での対価が得られる限りにおいては,差止請求権を行使することによってその独占状態が維持できることはそもそも期待していないものと認められ,かかる者について差止請求権の行使を認め独占状態を保護する必要性は高くないといえる。相手方を含めてUMTS規格を実装した製品を製造,販売等しようとする者においては,UMTS規格を実装しようとする限り,本件特許を実施しない選択肢はなく,代替的技術の採用や設計変更は不可能である。そのため,本件特許権による差止請求が無限定に認められる場合には,差止めによって発生する損害を避けるために,FRAND条件から離れた高額なライセンス料の支払や著しく不利益なライセンス条件に応じざるを得なくなり,あるいは事業自体をあきらめざるを得なくなる可能性がある。
〇また,UMTS規格には,極めて多数の特許権が多くの者によって保有されており(特許ファミリー単位でも1800件以上が,50社以上の者から必須特許であると宣言されている。),これらの多くの者の極めて多数の特許権について,逐一,必須性を確認した上で事前に利用許諾を受けることは著しく困難であると考えられ,必須宣言特許による差止請求を無限定に認める場合には,事実上UMTS規格の採用が不可能となるものと想定される。以上のような事態の発生を許すことは,UMTS規格の普及を阻害することとなり,通信規格の統一と普及を目指したETSIのIPRポリシーの目的に反することになるし,通信規格の統一と普及によって社会一般が得られるはずであった各種の便益が享受できない結果ともなる。必須宣言特許についてFRAND条件によるライセンスを受ける意思を有する者に対し,FRAND宣言をしている者による特許権に基づく差止請求権の行使を許すことは,相当ではない。
【所感】
本判決の判断は妥当と考えられる。しかし、今回のFRAND条件には、具体的なロイヤリティ水準が定められているものではなかった。このために、アップルとサムスン間におけるライセンス交渉が難航したことが、本件に係る争いが生じた根本的な原因と考える。