作業機審決取消請求事件

  • 日本判例研究レポート
  • 知財判決例-審取(当事者係)
判決日 2022.08.23
事件番号 R3(行ケ)10137
担当部 知財高裁第3部
発明の名称 作業機
キーワード 公然実施
事案の内容 本件は、特許無効審判の請求不成立審決の取り消しを求める審決取消訴訟であり、原告の主張が認められず、請求は棄却された。

事案の内容

【手続の経緯】
平成28年3月 10日 出願 (特願2016-46843号)(優先日 平成27年8月12日)
平成28年 7月29日 設定登録(特許第5976246号)
平成28年10月11日 特許異議申し立て
平成29年 6月26日 訂正請求(「一次訂正」)
平成29年10月19日 維持決定
 
平成30年 4月13日 無効審判請求(無効2018-800039号「本件審判」)
令和 元年 8月30日 訂正請求(「本件訂正」)
令和 2年 3月23日 無効審決(「一次審決」)
令和 3年10月29日 審決取消訴訟提起(令和2年(行ケ)第10049号「一次審決取消訴訟」)
令和 3年 2月24日 審決取消判決(「一次判決」)
令和 3年10月 7日 審決取消審決(「本件審決」)
令和 3年11月15日 審決取消訴訟提起(当裁判所に顕著な事実)
 
【特許請求の範囲】
【訂正後の請求項1】(以下、本件発明1とも記載。A~Jの分説は本件審決において付与された。)
A 走行機体の後部に装着され、耕うんロータを回転させながら前記走行機体の前進走行に伴って進行して圃場を耕うんする作業機において、
B 前記作業機は前記走行機体と接続されるフレームと、
C 前記フレームの後方に設けられ、前記フレームに固定された第1の支点を中心にして下降及び跳ね上げ回動可能であり、その重心が前記第1の支点よりも後方にあるエプロンと、
D 前記フレームに固定された第2の支点と前記エプロンに固定された第3の支点との間に設けられ、前記第2の支点と前記第3の支点との距離を変化させる力を作用させることによって前記エプロンを跳ね上げる方向に力を作用させる、ガススプリングを含むアシスト機構とを具備し、
J 前記ガススプリングは、シリンダーと、前記シリンダーの内部に挿入されたピストンと、前記ピストンから延長されるピストンロッドとを有し、
E 前記アシスト機構は、さらに、前記ガススプリングがその中に位置し、前記第2の支点及び第3の支点を通る同一軸上で移動可能な第1の筒状部材と第2の筒状部材とを有し、
F 前記第1の筒状部材の前記フレーム側の一端には前記第2の支点が、前記第1の筒状部材の前記エプロン側の他端には前記ピストンロッドの先端が接続され、前記第2の筒状部材の前記フレーム側の一端には前記シリンダーの先端が接続され、
G 前記第2の筒状部材の外周に突設された第1の突部が前記第3の支点を回動中心とし、前記エプロンに台座を介して設けられた第2の突部に接触して前記第3の支点と前記第2の支点との距離を縮める方向に変化することにより、前記エプロンを跳ね上げるのに要する力は、エプロン角度が増加する所定角度範囲内において徐々に減少し、
H 前記ガススプリングは、前記エプロンが下降した地点において収縮するように構成される
I ことを特徴とする作業機。
 
【本件審決】
 本件審判において、原告は、「本件発明は、本件特許の出願前に公然知られた又は公然実施された検甲1(原告製「ニプログランドロータリーSKS2000(製造番号1007)」〔本件審決13頁〕)に係る発明(以下「検甲1発明」という。)と同一であるから、特許法(以下、「法」という。)29条1項1、2号に該当し、特許を受けることができないものである。
 仮に、同一でないとしても、本件発明は、検甲1に係る発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、法29条2項の規定により、特許を受けることができないものである。」との無効理由を主張した。
 本件審決は、力学に関する技術常識を勘案し、本件訂正後の請求項1及び本件明細書等により認められる本件発明に係る作業機の構造に照らすと、エプロンを跳ね上げるのに要する力(Fs)とエプロンの角度について、次の関係が成り立つと判断した(本件審決第6の2⑵イ(ウ)〔本件審決97頁〕)。
Fs>(Rw・W・sin(θ+α0)-Ra・Fg・sinθa)
/(R・sin(θ+β0))
(Fs:エプロンを跳ね上げるのに要する力
Rw:第1の支点からエプロンの重心までの距離
Ra:第1の支点から第3の支点までの距離
R:第1の支点からエプロンを持ち上げる位置までの距離
W:エプロンの重心に鉛直方向に働く重力
Fg:第3の支点に働くアシスト力
θ:エプロンが、第1の支点を通る直線に対してなす角度(エプロンが最も下降したときにθ=0°とする。)
α0:θ=0°のときの、第1の支点とエプロンの重心とを結ぶ直線の鉛直方向に対する角度
β0:θ=0°のときの、第1の支点とエプロンを持ち上げる位置とを結ぶ直線の鉛直方向に対する角度
θa:第1の支点と第3の支点とを結ぶ直線と、第2の支点と第3の支点とを結ぶ直線がなす角度)
(中略)
 したがって、エプロンを跳ね上げるのに要する力が徐々に減少する構成を有するか否かには、上記関係式中のFg(第3の支点に、第2の支点の方向に働くアシスト力)が影響し、Fgは、『第2の支点と第3の支点との距離を変化させる力を作用させることによってエプロンを跳ね上げる方向に力を作用させる、ガススプリングを含むアシスト機構』(構成要件D)によるものであるから、アシスト機構で採用される『ガススプリング』の特性(ストローク長とガス反力の関係等)に依存する。
 そうすると、構成要件Gにおける『エプロンを跳ね上げるのに要する力』が『エプロン角度が増加する所定角度範囲内において徐々に減少』するとの構成を有しているか否かは、外観のみから認識できる性質のものではなく、上記展示会において展示された検甲1作業機の外観のみから、検甲1作業機が、エプロンを跳ね上げるのに要する力が徐々に減少する構成を有しているとすることはできない。」
 本件審決では、「本件発明は、本件特許の原出願前に公然知られた発明でも公然実施された発明でもなく、かつ、該発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものでもない」と判断された。
 
【原告の主張】
 本件明細書等には、通常の意味とは異なる「てこの原理」の説明は記載されているが、構成要件Gの理論的説明は一切記載されていない。それにもかかわらず、本件審決は、本件発明に係る作業機の構造を参照した当業者であれば、力学的な技術常識から、構成要件Gの理論的説明を認識できると判断し、かつ、それに加えて、構成要件Gを得るために当業者は特に困難を伴わず試行錯誤も必要としないと判断した。そのため、本件優先日前の本件展示会において、本件発明に係る作業機と同じ構造(ガススプリングの接続の向きが逆である点を除く。)を有する検甲1を見た当業者は、同様に力学的な技術常識から構成要件Gの理論的説明を認識できる。そして、その当業者は、思考や試行錯誤等の創作能力を発揮するまでもなく、構成要件Gの理論的説明の具体的内容(当業者の技術常識に属する内容)に基づいて、構成要件Gの具体例をシミュレーションにより導き出すことができる。
 本件審決の実施可能要件の判断によれば、構成要件Gは当業者の技術常識であり、構成要件Gは検甲1を見れば認識できるから、検甲1発明は構成要件Gを備える。
 
【裁判所の判断】
 原告は、本件発明は本件特許の出願前に公然知られた又は公然実施された検甲1に係る発明と同一であるから、法29条1項1、2号に該当し、特許を受けることができないものであると主張する。法29条1項1号の「公然知られた」とは、秘密保持契約等のない状態で不特定多数の者が知り、又は知り得る状態にあることをいい、同項2号の「公然実施」とは、発明の内容を不特定多数の者が知り得る状況でその発明が実施されることをいい、物の発明の場合には、対象製品が不特定多数の者に販売され、かつ、当業者がその製品を外部から観察しただけで発明の内容を知り得る場合はもちろん、外部からは認識できなくても、当業者がその製品を通常の方法で分解、分析する等によって発明の内容を知り得る場合を含むというべきである。そして、発明の内容を知り得るといえるためには、当業者が発明の技術的思想の内容を認識することが可能であるばかりでなく、その認識できた技術的思想を再現できることを要するというべきである。
 
 原告は、本件展示会において、本件発明に係る作業機と同じ構造(ガススプリングの向きが逆である点を除く。)を有する検甲1を見た当業者は、力学的な技術常識から構成要件Gの理論的説明を認識できると主張し、構成要件Gは検甲1を見れば認識できるから検甲1は構成要件Gを備えると主張する(前記第3の1〔原告の主張〕⑵ア)。しかし、本件審決は、エプロンを跳ね上げるのに要する力(Fs)とエプロンの角度に係る前記(ア)aの関係を、力学に関する技術常識を勘案し、本件訂正後の請求項1及び本件明細書等により認められる本件発明に係る作業機の構造から認定したものであり、本件訂正後の請求項1及び本件明細書等の記載内容を検討した上でそれを導いたものであると認められる。本件審決は、検甲1の作業機を見ることによって本件明細書の記載から導くことができる本件発明の技術的思想を認識できると判断したものではないし、当業者が本件明細書の記載から理解できる技術的思想と、検甲1の作業機の実物を見て理解できることが同じであると解すべき理由はないから、検甲1を見た当業者が、力学的な技術常識から構成要件Gの理論的説明を認識できるとする原告の主張は、採用することができない。さらに、エプロンを跳ね上げるのに要する力(Fs)とエプロンの角度に係る前記(ア)aの関係に照らすと、本件審決が述べるように、構成要件Gにおける「エプロンを跳ね上げるのに要する力は、エプロン角度が増加する所定角度範囲内において徐々に減少」するとの構成を有しているか否かは、アシスト機構で採用される「ガススプリング」の特性(ストローク長とガス反力の関係等)に依存するものであり、外観のみから認識できる性質のものではないと認められる。したがって、この点からしても、構成要件Gは検甲1を見れば認識できるから検甲1は構成要件Gを備えるという原告の主張は採用することができない。
 本件では、検甲1発明が、本件発明の構成要件Gの「エプロンを跳ね上げるのに要する力は、エプロン角度が増加する所定角度範囲内において徐々に減少する」という構成を備えていたこと、あるいは本件発明の内容が検甲1発明によって公然知られていたとも公然実施されていたとも認めることはできない。
 
【所感】
 検甲1の作業機は、展示会で展示され、さらに、検甲1の作業機のエプロンの下には広告宣伝用のパネルが配置されており、見学者が実際にエプロンを持ち上げて、特徴であるアシスト機能を試すことができない状況であった。つまり、不特定多数の者が分解・分析して発明を知ることはできない状況であった。そして、本件の特徴は、外観からは認識できないため、公然実施には該当しないと判断された。
 当然ながら、公然実施する前に出願することが最善である。本件とは異なり、発明の実施品が市場において販売される場合には、特段の事情が無い限り、当該実施品を分析してその構成を知り得るのが通常と考えられている。このため、外観からは認識できなくても、分解・分析して発明を知ることはできる場合には、販売前に出願するように、特に配慮すべきである。