乳癌再発の予防用ワクチン事件

  • 日本判例研究レポート
  • 知財判決例-審取(査定係)
判決日 2016.09.26
事件番号 H28(行ケ)10107号
担当部 知財高裁第2部
キーワード 新規性
事案の内容 本件は、拒絶査定不服審判請求を不成立とした審決に対し、原告が取消を求めた事案である。審決における引用発明の認定は誤りであるとして差し戻された。引用発明はCTL誘導剤でありワクチン組成物ではないと判断された点がポイント。

事案の内容

【経緯】
平成21年12月 9日 特許出願
平成25年12月 3日 拒絶理由通知
平成26年 3月 3日 手続補正
平成26年 5月22日 拒絶査定(新規性及び進歩性欠如)
平成26年 9月29日 拒絶査定不服審判請求
平成27年12月 7日 「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決
 
【争点】
引用発明の認定の当否
 
【本願発明の要旨】
本件補正後の特許請求の範囲の請求項16記載の発明(本願発明)は,以下のとおりである(甲6)。
製薬上許容される担体,配列番号2のアミノ酸配列を有するペプチドの有効量及び顆粒球マクロファージコロニー刺激因子を含み,配列番号3のアミノ酸配列を有するE75ペプチドを含まないワクチン組成物。
 
【審決の理由の要点】
3 審決の理由の要点
(1) 引用発明の認定
「HER2/NEUの膜貫通部分由来MHCクラスIペプチド(GP2)でワクチン接種されたHLA-A2+乳癌患者における抗原内エピトープ拡散」(甲1。引用文献)には,「GP2とGM-CSFを含有するワクチン」の発明(引用発明)が記載されているものと認められる。
(2) 本願発明と引用発明との対比
本願発明と引用発明は,「製薬上許容される担体,配列番号2のアミノ酸配列を
有するペプチドの有効量及び顆粒球マクロファージコロニー刺激因子を含み,配列番号3のアミノ酸配列を有するE75ペプチドを含まないワクチン組成物。」である点で一致し,両者の発明を特定するための事項に差異はない。
 
【当裁判所の判断】
3 取消事由1(引用発明の認定の誤り―引用発明はCTL誘導剤であってワク
チンではないこと)について
(1) 「ワクチン」とは,「免疫をもたらし,それによって疾患から身体を保護
する製品」を意味する(甲9)ところ,本願優先日前の公知文献には,「癌ワクチン」について,以下の記載がある。
 
(2) 以上により,本願優先日当時,「癌ワクチン」について,以下の技術常識
が存在したものと認められる。ペプチドが「ワクチン」として有効であるというためには,
当該ペプチドが多数のペプチド特異的CTLを誘導し,
ペプチド特異的CTLが癌細胞へ誘導され,
誘導されたCTLが癌細胞を認識して破壊すること,
が必要である。あるペプチドにより,多数のペプチド特異的CTLが誘導されたとしても,誘導されたCTLが癌細胞を認識することができない,誘導されたCTLが癌細胞を確実に破壊するとは限らないなどの理由により,当該ペプチドに必ずしもワクチンとしての臨床効果があるということはできない。
 
(3) 引用発明は,上記2のとおり,標準治療後のHLA-A2型のリンパ節転
移陰性乳癌患者について,GP2ペプチドとアジュバントのGM-CSFを6か月接種したところ,全ての患者においてGP2特異的CTL細胞のレベルが増加したというものであり,GP2ペプチドがワクチンとして有効であるというために必要な,当該ペプチドが多数のペプチド特異的CTLを誘導したことを示したものである。
これに対し,本願発明は,上記1のとおり,GP2ペプチドとGM-CSFを投与した無病の高リスク乳癌患者に,GP2特異的CTLが増大したのみならず,再発率が低減した,すなわち,誘導されたCTLが腫瘍細胞を認識し,これを破壊することによって,臨床効果があることを示したものである。
上記(2)のとおり,本願優先日当時,あるペプチドにより多数のペプチド特異的CTLが誘導されたとしても,当該ペプチドに必ずしもワクチンとしての臨床効果があるとはいえない,という技術常識に鑑みると,ペプチド特異的CTLを誘導したことを示したにとどまる引用発明は,本願発明と同一であるとはいえない。
 
第6 結論
以上のとおり,取消事由1には理由があるから審決を取り消すこととして,主文のとおり判決する。
 
【所感】
 引用発明がワクチン組成物として認定されなかった点については、やや厳しいと感じたが、CTL誘導剤が必ずしもワクチン組成物であるとは言えない事から、本判決は妥当であると感じた。一方、引用文献のタイトル「Intra-antigenic Epitope Spreading in HLA-A2+ Breast Cancer Patients Vaccinated With a MHC Class I Peptide(GP2) Derived From the Transmembrane Region of HER2/NEU」にあるように、引用文献にて実施された臨床試験は、ワクチンとしての効果を確認するものとして実施されたもののようである。よって、本願は、差し戻されてからも、引用発明に基づいて当業者が容易に想到できたとして、再び進歩性欠如を理由として拒絶されるものと推測される。