レーザ加工装置事件

  • 日本判例研究レポート
  • 知財判決例-審取(当事者係)
判決日 2016.03.23
事件番号 H27(行ケ)10127
担当部 知財高裁第4部
発明の名称 レーザ加工装置
キーワード 容易想到性,動機付け
事案の内容  本件は、無効審判の審決取消訴訟において、無効審決が取り消された事案。
 引用例および周知例には、相違点4に関する記載も示唆もなく、引用例に接した当業者が、相違点4にしようとする動機付けがあるということはできないと判断して、容易想到性を否定した点がポイント。
 なお、本件訴訟は、本件特許に対する無効審判における3度目の審決に対する取消訴訟である。また、当該無効審判は、請求取下となっている(最終処分日 H28.6.14)。

事案の内容図を含む全文

【特許庁等における手続の経緯】
平成 7年 5月24日  出願(特願平7-125131号)
平成12年12月 8日  設定の登録(特許第3138613号)
平成22年 9月14日  <請求項1>特許無効審判(無効2010-800162号)
平成23年 4月14日  無効審決(「一次審決」)
平成23年          一次審決の取消訴訟(平成23年(行ケ)10168号)
その後、訂正審判請求
平成23年10月 7日  一次審決を取り消す旨の決定
平成24年 1月24日  無効審判の請求不成立審決(「二次審決」) 訂正認める
平成24年          二次審決の取消訴訟(平成24年(行ケ)10082号)
平成24年12月25日  二次審決を取り消す旨の判決→確定
平成26年 4月14日  訂正請求(「本件訂正」)
平成27年 5月29日  無効審決(「本件審決」) 訂正認める
平成27年 7月 3日  本件審決の取消訴訟(「本件訴訟」)

 

【特許請求の範囲】
*1)裁判所の判断に基づき、対応する実施例の構成を括弧書きで示した。改行,括弧書きは担当者による。
*2)後述する各相違点を、下線(符号)で示した。
【本件訂正後請求項1】
レーザ発振器から出力されるレーザビーム(20)を集光光学部材(加工レンズ29)を用いて集光させ,切断・溶接等の加工を行うレーザ加工装置において,
前記レーザビーム(20)の伝送路に設けられ気体(1)圧力により弾性変形するレーザビーム反射部材(曲率可変反射鏡10)と,
このレーザビーム反射部材(曲率可変反射鏡10)の周囲部を支持し前記レーザビーム反射部材(曲率可変反射鏡10)とともにレーザビーム反射面(21)の反対側に空間を形成する反射部材支持部(円形保持板11+押板12+エアジャケット13)と,
前記反射部材支持部(円形保持板11+押板12+エアジャケット13)に設けられ,この反射部材支持部の空間に気体を供給する流体供給手段(エアー入口14)と,
気体供給圧力を連続的に切り換える電空弁(2)(35(図2))と,
前記反射部材支持部に設けられ,前記反射部材支持部の空間から気体を排出する流体排出手段(エアー出口18)と
を備え,
前記空間は流体供給経路(エアー入口14からレーザービーム非反射面(裏面)側に形成される空間まで)及びこの流体供給経路と別体の流体排出経路(エアー出口18からエアー通路17まで)を除き密閉構造とし,
さらに
前記空間は前記流体供給手段(エアー入口14)及び前記流体排出手段(エアー出口18)とともに出口を有する流体動作回路(3)を構成して,前記流体排出経路(エアー出口18からエアー通路17まで)を通過した気体は前記流体排出手段(エアー出口18)より外部に排出され,
前記流体排出経路(エアー出口18からエアー通路17まで)を前記流体供給経路(エアー入口14からレーザービーム非反射面(裏面)側に形成される空間まで)よりも狭くする(4)ことにより,前記レーザビーム反射面(21)の反対側に前記レーザビーム反射部材(曲率可変反射鏡10)が弾性変形するに要する気体圧力をかけるように構成したこと
を特徴とするレーザ加工装置。

 

【図1】 ※添付ファイルを参照ください。

 

【審決の理由の要旨】
(1) 本願発明は,引用例に記載された引用発明及び周知例1から16に記載された周知の技術事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により,特許を受けることができない。
(2)本件審決が認定した引用発明,本件発明と引用発明との一致点及び相違点は,次のとおりである。
ア 引用発明
(ドイツ連邦共和国実用新案第9407288号明細書(平成6年9月頒布。甲1の1)
レーザ発振器2から出力されるレーザ光線1を収束レンズ8を用いて集光させ,切断の加工を行うレーザ切断機において,レーザ光線1の伝送路に設けられ圧力水の圧力により弾性変形する鏡面12を有する金属円板と,この金属円板の周囲部を支持し金属円板とともに金属円板の鏡面12の反対側に空間を形成する鏡ケース13と,前記鏡ケース13に設けられ,この鏡ケース13の空間に圧力水を供給する流体管14と,圧力水の供給圧力を4段階に切り換える磁気弁20,21,22と,前記鏡ケース13に設けられ,鏡ケース13の空間から圧力水を排出する,流体管14とは別体の流体管とを備え,鏡ケース13の空間は,圧力水供給経路及びこの圧力水供給経路と別体の圧力水排出経路を除き密閉構造とし,さらに前記空間は前記流体管14と流体管14とは別体の流体管とともに流体回路を構成して,前記圧力水排出経路を通過した圧力水は前記流体管14とは別体の流体管より前記空間の外部に排出され,金属円板の鏡面12の反対側に前記金属円板が弾性変形するに要する圧力水の圧力をかけるように構成したレーザ切断機。
【図1】引用例に係る出願を優先権の基礎として日本に特許出願された特開平8-39281号公報(乙2)より ※添付ファイルを参照ください。
【図2】 ※添付ファイルを参照ください。
【図3】 ※添付ファイルを参照ください。
イ 本件発明と引用発明との一致点
…(省略)…
ウ 本件発明と引用発明との相違点
(ア) 相違点1
流体供給手段が反射部材支持部の空間に供給する流体や,流体排出手段が反射部材支持部の空間から排出する流体について,本件発明の流体は「気体」であるのに対して,引用発明の流体は「圧力水」である点
(イ) 相違点2
流体供給圧力を切り換える弁について,本件発明の弁は,流体供給圧力を「連続的に切り換える電空弁」であるのに対して,引用発明の弁は,流体の供給圧力を「4段階に切り換える磁気弁」である点
(ウ) 相違点3
本件発明の「流体動作回路」は出口を有するものであるのに対し,引用発明の「流体回路」は,出口を有するものであるか,明らかではない点
(エ) 相違点4
本件発明の「流体排出経路」は,「流体供給経路」よりも狭くしたものであるのに対し,引用発明の「流体排出経路」と「流体供給経路」がそのようなものであるか明らかではない点

 

【取消事由】
本件発明の容易想到性に係る判断の誤り
⑴ 相違点1の判断の誤り(取消事由1)→理由なし
⑵ 相違点3の判断の誤り(取消事由2)→理由なし
⑶ 相違点4の認定及び判断の誤り(取消事由3)→理由あり

 

【原告の主張】
<取消事由3(相違点4の認定及び判断の誤り)について>
相違点4に係る容易想到性の判断の誤り
ア 動機付けについて
(ア) そもそも,引用発明においては,固定絞り弁23によって適応型鏡7の金属円板と鏡ケース13とで形成された空間に圧力を生じさせているのであるから,上記空間に圧力を生じさせるために流体排出経路である流体管14とは別体の流体管を流体供給経路である流体管14よりも狭くする動機は,存在しない。
(イ) 本件発明は,圧力媒体として気体を用いるレーザ加工装置において,流体排出手段を反射部材支持部に設けて曲率可変反射曲面鏡背面の空間近傍に流体供給手段と流体排出手段とを配置し,この流体排出手段を含む流体排出経路を流体供給経路よりも狭くするという構成を採用することによって,曲率可変反射曲面鏡背面に少ない流量で圧力を加え,圧力発生から圧力が曲率可変反射曲面鏡背面に作用するまでの時間を極力短くして,曲率可変反射曲面鏡の曲率変化の応答時間を短縮できるようにしたものである。
引用発明の構成から本件発明の前記構成に至るためには,引用発明において,流体管14とは別体の流体管を流体管14よりも狭くするのみならず,流体排出手段である固定絞り弁23を,流体管14とは別体の流体管に直接結合して,適応型鏡7の近傍に配置する必要がある。
しかし,引用発明においては,圧力媒体として非圧縮性の圧力水が用いられており,圧力水の圧力応答性は気体に比して高く,固定絞り弁の配置位置によって影響を受けることはほぼない。よって,引用発明において,固定絞り弁23を流体管14とは別体の流体管に直接結合する動機は,存在しない。

 

【裁判所の判断】
裁判所は,相違点4の容易想到性を肯定した本件審決の判断には誤りがあり,取消事由3は,理由があるとして、審決を取り消した。
(1)取消事由1,2について
(省略)
(2)取消事由3(相違点4の認定及び判断の誤り)について
<相違点4の認定について>
ア 本件発明について
本件発明においては,流体排出経路を流体供給経路よりも狭くしていることが認められる。
…(省略)
イ 引用発明について
引用例には,流体供給経路に相当する「流体管14」及び流体排出経路に相当する「流体管14とは別体の流体管」のいずれについても,その管の広さ(径の大きさ)に関する記載は,一切ない。
したがって,引用発明においては,流体排出経路と流体供給経路との間における広さ(径の大きさ)の差異の存否自体,不明というべきである。
ウ 相違点4の認定
以上によれば,本件発明と引用発明との間には,本件審決が認定したとおり,本件発明の「流体排出経路」は,「流体供給経路」よりも狭くしたものであるのに対し,引用発明の「流体排出経路」と「流体供給経路」がそのようなものであるか明らかではないという相違点が存在するものと認められる。
<相違点4の判断について>
ア 引用例の記載について
引用例には,流体供給経路に相当する「流体管14」及び流体排出経路に相当する「流体管14とは別体の流体管」のいずれについても,その管の広さ(径の大きさ)に関する記載は,一切ない。
また,【請求項1】及び本件明細書【0031】の記載によれば,本件発明において,流体排出経路を流体供給経路よりも狭くしたのは,少ない流量の気体でレーザビーム反射面の反対側に,レーザビーム反射部材が弾性変形をするのに要する気体圧力をかけるためのものと認められるところ,引用例中には,少ない流量の流体でレーザビーム反射面である鏡面12の反対側に,レーザビーム反射部材に相当する金属円板が弾性変形するに要する圧力をかけることに関する記載も示唆もない。
イ 周知技術について
(ア) 本件審決は,気体が排出する経路と流入する経路を有する空間において,気体が排出する経路(周知例10記載の「絞り」,周知例11記載の「排気管」)を狭くすることで,当該空間の圧力を上昇させることは,従来周知の技術事項であるとし,これを前提として,相違点4に係る構成は,当業者が容易に採用し得る設計上の事項である旨判断した。
(イ) 周知例10について
周知例10には,空気圧配管において「絞り」は,圧力損失をもたらし,管内の空気圧の流れの速度を制限する速度制御弁の役割を果たすことなどが記載されているにとどまり,「気体が排出する経路」と「気体が流入する経路」とで各経路の広さ(径)を変えることについては,何ら触れられていない(甲22)。
(ウ) 周知例11について
…(省略)…周知例11は,「貯蔵装置に係り,特に貯蔵庫内の残存ガスを貯蔵物の鮮度維持を図る修整ガスに置換する貯蔵装置に関する」発明の公開特許公報であり,引用発明とは明らかに技術分野を異にする。
そして,周知例11には,発明が解決しようとする課題の1つとして,排気管が小さければ庫内の圧力が上昇する旨記載されているが,課題を解決する手段,実施例及び発明の効果において,「気体が排出する経路」に相当する排気管の内径(管路断面積)に関しては,上記の貯蔵庫内の容積Vに対する比率の範囲,管路断面積比率と置換時間比率及び貯蔵庫内圧力との関係等が示されており,「気体が流入する経路」に相当する修整ガスを前記貯蔵庫へ供給する手段である修整ガス供給管路7の内径(管路断面積)に関しては,その供給流量が一定の範囲内となるように管路内径を選定してもよい旨が記載されているが,排気管と修整ガス供給管路の各径の対比に言及する記載はない。よって,周知例11において,「気体が排出する経路」を「気体が流入する経路」よりも狭くすることは,開示も示唆もされていないというべきである。
ウ 相違点4の容易想到性について
(ア) 前記アのとおり,引用例には,流体供給経路及び流体排出経路のいずれについても,その管の広さ(径の大きさ)に関する記載は,一切ない。また,少ない流量の流体でレーザビーム反射面である鏡面12の反対側に,レーザビーム反射部材に相当する金属円板が弾性変形するに要する圧力をかけることに関する記載も示唆もない。
(イ) 前記イのとおり,周知例10においては,「気体が排出する経路」と「気体が流入する経路」とで各経路の広さ(径)を変えることについては,何ら触れられていない。
周知例11は,引用発明とは技術分野を異にすることから,引用発明の技術分野の当業者にとっての周知技術を示すものとは直ちにいい難い上,「気体が排出する経路」を「気体が流入する経路」よりも狭くすることは,開示も示唆もされていない。
(ウ) 以上に鑑みると,本件特許出願時において,引用例に接した当業者が,流体排出経路を流体供給経路よりも狭いものにしようとする動機付けがあるということはできず,引用発明から,相違点4に係る本件発明を容易に想到することはできない。
<小括>
以上によれば,相違点4の容易想到性を肯定した本件審決の判断には誤りがあり,取消事由3は,理由がある。

 

【所感】
裁判所の判断は、妥当であると感じた。
裁判所は、本件発明において相違点4(流体排出経路を流体供給経路よりも狭くした)のようにした理由(少ない流量の流体で圧力をかける)が、引用例において認識されていないことから、「引用例に接した当業者が,流体排出経路を流体供給経路よりも狭いものにしようとする動機付けがあるということはできない」と判断している。相違点4は、出願時にクレームアップもされていなかった構成であり、実施例中にその効果が簡単に記載されていたものである。出願時に発明のポイントと関係が低いと思われる実施形態中の細かい構成についても、効果を記載するよう心がけようと思う。