マイクロニードルパッチとその梱包体事件

  • 日本判例研究レポート
  • 知財判決例-審取(査定係)
判決日 2021.05.31
事件番号 R02(行ケ)10092
担当部 知財高裁第4部
発明の名称 マイクロニードルパッチとその梱包体
キーワード オイルゲルの解釈
事案の内容 拒絶審決に対する取消訴訟で、拒絶審決が取り消された。

事案の内容

【ポイント】
『本願発明の「オイルゲル」の技術的意義は,特許請求の範囲の記載だけからは一義的に明確ではない。そこで,明細書の発明の詳細な説明のうち,従来技術に関する記載及び解決課題に関する記載を参酌し,「オイルゲルシート」を「アクリル系粘着剤等の粘着性ではなく,ゲル化したオイルの粘着性によって,皮膚に対して粘着するシート」と解釈すべき』、と認定された。
 

【経緯】
基礎出願 2017年5月30日(特願2017-106840、優先日2017年5月30日)
本願(PCT) 2018年2月28日(PCT/JP2018/007639)
国内書面 2018年7月27日⇒特願2018-539447
早期審査請求 2018年7月27日
拒絶理由通知 2018年8月28日⇒手続補正 2018年10月18日
拒絶査定 2018年11月14日
拒絶査定不服審判・補正 2019年1月31日(不服2019-001287)
拒絶理由通知 2020年1月22日⇒手続補正 2020年3月18日
拒絶審決 2020年7月7日⇒審決取消訴訟
 

【請求項2】
 支持体の上に油溶性成分を含むオイルゲルが形成された,皮膚に対して粘着性を有するオイルゲルシートと,
 前記オイルゲルシートの周辺部を除いた領域の上に貼り合わされたシート状基体と,
 前記シート状基体の上に形成された複数の微小針とを備えた,
マイクロニードルパッチ。
【審決の要旨】
 本願発明と引用発明(WO 2011/148994 A1)とは、粘着性を有する材料が形成された粘着シートに関し,本願発明は,油溶性成分を含むオイルゲルが形成されたオイルゲルシートであるのに対し,引用発明は,粘着剤層21bが積層された押さえ手段21であって,粘着剤層21bが油溶性成分を含むオイルゲルであるか不明な点で相違する。
 引用文献2(WO 2004/108112 A1)には,美容用の皮膚外用剤粘着シートの粘着剤として,皮膚に対する適度な接着性を持ちながら剥がし取る時に皮膚の角質細胞に損傷を与えないために,油溶性成分であるセラミドを含む油性ゲル状粘着製剤を用いることが記載されている。
 そして,引用発明も引用技術2も,美容のためのシート状デバイスという技術分野に属するものであるという点で軌を一にし,皮膚の角質の損傷を抑制するという課題が共通するから,引用発明の粘着剤層21bの代わりとして引用文献2記載のセラミドを含む油性ゲル状粘着製剤,すなわち油溶性成分を含むオイルゲルを採用し,上記相違点に係る構成とすることは,当業者が容易になし得たことである。
 また,本願発明の奏する効果は,引用発明及び引用技術2の奏する効果から予測される範囲内のものにすぎず,格別顕著なものということはできない。
 

【裁判所の判断】
1 本願発明の「皮膚に対して粘着性を有するオイルゲルシート」について
 本件においては,審決が認定した相違点のうち「粘着性を有する材料が形成された粘着シート」の意義が争点となっているので,この点を中心に検討する。
⑴ 本件明細書には,次の内容の記載がある。
ア 本発明は,微小針を皮膚に刺すことにより,微小針に含まれた目的物質などの投与が可能となるマイクロニードルパッチであって,シート状基体の上に複数の微小針が形成されたマイクロニードルシートを皮膚に固定するために,マイクロニードルシートの背面に粘着シートを設け,粘着シートの周辺部にはマイクロニードルシートが形成されていないようにして,粘着シートの周辺部の粘着層によって,マイクロニードルシートを皮膚に固定することができるマイクロニードルパッチに関する(【0001】【0002】)。
イ 特開2016-189844号公報(甲12)に開示されている従来のマイクロニードルパッチでは,ⅰ)皮膚に貼り付けられる粘着層の部分からは美容効果を得ることができないという問題があり,また,ⅱ)乳液等を塗布した皮膚に貼ると,乳液等に含まれる油脂によって粘着層の粘着力が弱まるため,簡単に剥がれてしまうという問題があった。
 そこで,本発明は,ⅰ)皮膚に貼り付けられた部分からも美容効果を得ることができ,ⅱ)乳液等を塗布した皮膚に貼っても剥がれにくいマイクロニードルパッチを提供することを課題としたものであり,その解決手段として,油溶性成分を含むオイルゲルシートと,オイルゲルシートの周辺部を除いた領域に形成されたシート状基体と,シート状基体の上に形成された複数の微小針とを備えることを主要な特徴としている(【0004】【0006】【0007】【0017】)。本発明は,このような構成を採ったことによって,ⅰ)皮膚に貼り付けられた部分からも油溶性成分が皮膚内に浸透して美容効果を得ることができ,また,ⅱ)乳液等を塗布した皮膚に貼っても剥がれにくいマイクロニードルパッチを提供することができる(【0012】【0017】)。
ウ 「オイルゲルは,油溶性成分を含むゲルであり,皮膚に対する粘着性がよい。」【0017】
⑵ 本件明細書に従来技術として示された甲12の【0032】には,粘着剤の例として,アクリル系粘着剤,ゴム系粘着剤,シリコンゴム系粘着剤,ビニルエーテル系粘着剤,ウレタン系粘着剤などが挙げられている。しかしながら,上記⑴イの記載によれば,これらの粘着剤は,従来のマイクロニードルパッチが有していた上記(ⅰ)及び(ⅱ)の問題,特に,上記(ⅱ)の,乳液等に含まれる油脂によって粘着力が弱まるという問題を有すると認められる。
⑶ 上記⑴ア,イ及び同⑵の記載によれば,本願発明の技術的思想(課題解決原理)は,マイクロニードルパッチの粘着層としてアクリル系粘着剤等を用いた場合には,ⅰ)粘着層の部分からは美容効果を得ることができず,また,ⅱ)乳液等が塗られた皮膚に貼ると簡単に剥がれてしまうという二つの技術的課題が生じていたため,粘着層として,ⅰ)皮膚内に浸透して美容効果を与えることができる油溶性成分を含有し,ⅱ)乳液等に含まれる油脂となじみやすい油分を主成分として含むオイルゲルシートを用いることによって,上記の二つの技術的課題の解決を図ったものと認められる。
 また,上記⑴ウの記載によれば,本願発明にいう「オイルゲル」は,甲12に記載された「粘着剤」を含有しなくとも,それ自体で皮膚に対する粘着性が良いものとされている。
 これらの記載を総合的に参酌すると,本願発明において,「オイルゲルシート」は「アクリル系粘着剤等の粘着性ではなく,ゲル化したオイルの粘着性によって,皮膚に対して粘着するシート」を意味すると解釈するべきである。
2 引用技術2の「油性ゲル状粘着製剤」について
⑴ 引用文献2には,次の内容の記載がある。
ア 本発明は,化粧料や皮膚外用薬など皮膚外用剤用途のための粘着剤組成物および粘着シートに関する(1頁4行以下)。
イ 皮膚接着性と剥離除去性の適度なバランスを有する皮膚外用剤粘着シート製剤の開発について,架橋アクリル系粘着剤層に油性の液体成分を多量に含有させたものを用いる油性ゲル状粘着層製剤が提案されてきた。しかしながら,これら製剤は,皮膚接着性と剥離除去性のバランスは改善できても,薬効成分等薬剤の溶解性が格別に優れているとはいい難かった(2頁21行以下)。
ウ 本発明の油性ゲル状粘着製剤においては,特定の組成のアクリル系共重合ポリマー,非イオン性界面活性剤及びアクリル系ポリマーの各所定量を外部架橋剤によって架橋させている。このことにより,薬効成分等薬剤の溶解性が格別に優れ,かつ,皮膚接着性と剥離除去性とのいずれもが好適な皮膚外用剤用粘着剤組成物及び粘着シートを得ることができる(4頁18行以下)。
⑵ 上記⑴の記載によれば,引用技術2の「油性ゲル状」「粘着シート製剤」は,上記⑴イの従来技術である「架橋アクリル系粘着剤」の組成を調整することによって,粘着性を維持しつつ薬剤の溶解性を高めたシートであって,皮膚への粘着性は,従来技術と同様に,専らアクリル系粘着剤に依存していることが認められる。
3 相違点についての審決の判断の当否
 上記1⑶のとおり,本願発明の技術的意義に照らすと,本願発明の「オイルゲル」は,アクリル系粘着剤等の粘着性ではなく,ゲル化したオイルの粘着性によって,皮膚に対して粘着するものである。これに対し,引用技術2の「油性ゲル状粘着製剤」は,上記2⑵のとおり,アクリル系粘着剤の粘着性によって,皮膚に対して粘着するものである。
このように,引用技術2の「油性ゲル状粘着製剤」は,本願発明の「オイルゲル」とは技術的意義を異にするから,引用発明に引用技術2を適用しても,相違点に係る本願発明の構成には至らない。
 したがって,容易想到性に関する審決の判断には誤りがある。
4 被告の主張について
 被告は,「オイルゲル」は有機溶剤を溶媒とするゲルの総称であるとの技術常識が存在し,本願発明の「オイルゲル」の意義や組成について本件明細書には記載がないから上記技術常識に沿って解釈すべきであり,上記技術常識によれば引用技術2の「油性ゲル」は「オイルゲル」に含まれる旨主張する。
 たしかに,乙1(特許庁「周知・慣用技術集(香料)第I部香料一般」1999年1月29日発行)等によれば,「ゲル」を流体(溶媒)の違いという観点から「ヒドロゲル」「オイルゲル」「キセロゲル」の3種類に分類することが一般的に承認されている事実は認められ,また,乙6(権英淑ほか「実効感を発現するためのスキンケア製剤設計」FRAGRANCE JOURNAL Vol.34 No.1 pp.52-55(2006))等には,この分類を前提として,アクリル系材料を基剤とした「オイルゲル」の粘着剤に言及する記載も見られる。しかしながら,他方,甲7(柴田雅史「化粧品におけるオイルの固化技術」J.Jpn. Soc. Colour Mater., 85[8] 339-342 (2012))では,冒頭に「有機溶剤(オイル)を少量の固化剤を用いて固形もしくは半固形状にしたものは一般に油性ゲルと呼ばれ,……メイクアップ化粧品を中心に幅広い製品の基剤として用いられている」と記載されており,化粧品の分野において,「オイルゲル」の用語をこのような意味で用いることも一般的であったと認められるから,「オイルゲル」という用語が,当然に被告主張のような意味に用いられると断定することはできない。
 そうすると,本願発明の「オイルゲル」の技術的意義は,特許請求の範囲の記載だけからは一義的に明確ではない。そこで,明細書の発明の詳細な説明のうち,従来技術に関する記載及び解決課題に関する記載を参酌し,上記1のとおり,「オイルゲルシート」を「アクリル系粘着剤等の粘着性ではなく,ゲル化したオイルの粘着性によって,皮膚に対して粘着するシート」と解釈すべきである。
 したがって,被告の上記主張は採用することができない。
 

【所感】
 クレームの「粘着性」は、裁判所の認定した構成(物理架橋ゲル)以外に、本願の明細書段落0017、0021の記載から、オイルゲルに含まれた油溶性成分(化学架橋ゲル)によっても成立するようにも読める。そして、本願請求項の「油溶性成分」が、裁判所の認定解釈(物理架橋ゲル)以外における解釈(化学架橋ゲル)における上位概念に該当し、引用文献2の「アクリル系粘着剤」は、「油溶性成分」(化学架橋ゲル)の下位概念となる関係にあると考えられ、現クレームでは、進歩性はないが、物理架橋ゲルに限定すれば、進歩性があると考えられる。かかる場合には、限定解釈ではなく、補正で限定すべきであり、裁判所の限定解釈は、妥当でないように感じる。
 出願人は、オイルゲルの解釈について、「オイルゲルは,・・・「物理架橋ゲル」に属する。これに対し,アクリル系粘着剤は,・・・,「化学架橋ゲル」である。」と主張している(判決P5の1~7行目)。しかし、主張している以上、仮に補正しなくても禁反言が働くので、補正することによるデメリットは生じない。少なくとも審判段階で、「物理架橋ゲル」に限定する補正、例えば、「ゲル化したオイルの粘着性によって,皮膚に対して粘着するシート」と、「アクリル系粘着剤」(化学架橋ゲル)により粘着する構成を含まないクレームに限定する補正をしておけば、訴訟において文言の解釈で争うこと無く進歩性欠如を回避できたのでは、と感じる。