ポリエステル樹脂組成物の積層体 特許取消決定取消請求事件

  • 日本判例研究レポート
  • 知財判決例-審取(当事者係)
判決日 2023.03.09
事件番号 R4(行ケ)10030
担当部 知財高裁第4部
発明の名称 ポリエステル樹脂組成物の積層体
キーワード 除くクレーム、訂正要件
事案の内容 本件は、特許異議申立に係る特許取消決定の取り消しを求める審決等取消訴訟であり、特許取消決定が取り消された事案である。いわゆるオープンクレームにおいて、発明特定事項以外の構成を「除く」訂正が、特許請求の範囲の減縮や新規事項の追加に該当するか否かがポイント。

事案の内容

【手続の経緯】
平成22年10月 9日 原出願 (特願2010-244721号)
平成28年 3月14日 分割出願1(特願2016-49799号)
平成29年12月 6日 分割出願2(特願2017-234463号)
令和 元年 7月 5日 設定登録(特許第6547817号、以下、本願特許と表記)
令和 元年12月20日 特許異議の申立て
令和 3年 1月26日 取消理由通知
令和 3年 3月29日 原告が特許請求の範囲等について訂正請求
令和 3年 4月23日 原告が上記訂正請求を補正(以下、補正された訂正請求に係る訂正を「本件訂正」と表記)
令和 3年 7月 6日 訂正拒絶理由通知
令和 4年 3月22日 取消決定(以下、本件取消決定と表記)
令和 4年 4月28日 本件取消決定の取消を求めて本件訴訟を提起
 
【特許請求の範囲】(訂正前、請求項1および4のみを抜粋)
【請求項1】
 少なくとも2層を有する積層体であって、
 第1の層が、2軸延伸樹脂フィルムからなり、前記2軸延伸樹脂フィルムを構成する樹脂組成物が、ジオール単位とジカルボン酸単位とからなるポリエステルを主成分として含み、前記ポリエステルが、前記ジオール単位がバイオマス由来のエチレングリコールであり、前記ジカルボン酸単位が化石燃料由来のテレフタル酸であるバイオマス由来のポリエステルと、前記ジオール単位が化石燃料由来のエチレングリコールであり、前記ジカルボン酸単位が化石燃料由来のテレフタル酸である化石燃料由来のポリエステルとを含んでなり、前記2軸延伸樹脂フィルム中に前記バイオマス由来のポリエステルが90質量%以下含まれ、
 第2の層が、化石燃料由来の原料を含む樹脂材料からなり、且つ、バイオマス由来の原料を含む樹脂材料を含まないことを特徴とする、積層体。
【請求項4】
 前記樹脂組成物が添加剤をさらに含んでなる、請求項1~3のいずれか一項に記載の積層体。
 
【本件訂正の内容】(訂正事項1および2のみを抜粋)
【訂正事項1(請求項4ないし14からなる一群の請求項のうち請求項4に係る訂正)】
 特許請求の範囲の請求項4における「請求項1~3のいずれか一項に記載の」との記載を「請求項2または3に記載の」と訂正する。また、請求項4を引用する請求項5ないし14も同様に訂正する。
【訂正事項2(訂正後請求項15に係る訂正)】
特許請求の範囲の請求項1を引用する請求項4の引用関係を解消して独立の請求項である請求項15とし、かつ、末尾の「。」の直前に「(但し、該積層体上に無機酸化物の蒸着膜が設けられ、その蒸着膜上にガスバリア性塗布膜が設けられてなるものを除く)」との事項を追加する。
 
【本件取消決定の概要】
 上記の訂正事項2において「(但し、該積層体上に無機酸化物の蒸着膜が設けられ、その蒸着膜上にガスバリア性塗布膜が設けられてなるものを除く)」との事項を追加することは、特許請求の範囲の請求項4に係る発明の「少なくとも2層を有する積層体」外の構成である、「積層体上」という構成について特定することであり、本件訂正前の特許請求の範囲の請求項4に係る発明の「少なくとも2層を有する積層体」そのものの構成や、これを構成する層の性状や形状等の諸元を特定していないから、特許請求の範囲の減縮(特許法120条の5第2項但書1号)にあたらず、また、特許法120条の5第2項但書各号のいずれにも該当しないとして、本件訂正が拒絶された。
 その上で、本件訂正前の発明と引用発明とが対比され、本件訂正前の発明に進歩性がないとされ、本件取消決定がなされた。
 
【裁判所の判断】(筆者注記:以下の下線部は、本事案における重要部分)
2 取消事由1(訂正要件に関する判断の誤り)について
⑴ 訂正の目的について
ア 訂正事項2は、請求項1を引用する請求項4を新たな独立項である請求項15とし、かつ、「(但し、該積層体上に無機酸化物の蒸着膜が設けられ、その蒸着膜上にガスバリア性塗布膜が設けられてなるものを除く。)」との事項を追加するものである。
 訂正前の請求項1においては、「積層体」について、「少なくとも2層を有する積層体」と特定しているのにすぎないのであるから、ここにいう積層体には、「第1の層」、「第2の層」及びその他の任意の層からなる積層体が含まれることになるところ、「無機酸化物の蒸着膜」及び「蒸着膜上に設けられたガスバリア性塗布膜」も層を形成するものである以上、この任意の層に該当するといえる。したがって、訂正前の請求項1における積層体は、「第1の層」、「第2の層」並びに「無機酸化物の蒸着膜」及び「蒸着膜上に設けられたガスバリア性塗布膜」からなる積層体(以下「積層体A」という。)を含んでいたものである。
 そうすると、訂正事項2は、「積層体A」を含む訂正前の請求項1における積層体から積層体Aを除くものといえ、このように積層体を特定したことにより、訂正前の請求項4に係る発明の技術的発明が狭まることになるのであるから、訂正事項2が特許法120条の5第2項ただし書1号に規定する特許請求の範囲の減縮を目的とするものであることは明らかである。
イ 被告は、前記第3の1⑵アのとおり、訂正事項2は、「積層体」から、「無機酸化物の蒸着膜」及びその上の「ガスバリア性塗布膜」を「積層体」内の構成としたものを除く記載とはなっておらず、「積層体」の外に該当する「積層体」の「上」に、新たに「無機酸化物の蒸着膜」を設け、さらにその上に「ガスバリア性塗布膜」を設けたものを除くとする記載となっているから、「積層体」の範囲自体を減縮していない旨主張する。しかし、本件発明は、「第1の層」及び「第2の層」で完結した積層体を特定事項とするものではなく、特許を受けようとする発明を、「第1の層」及び「第2の層」を有する全ての積層体とするいわゆるオープンクレームに該当するものであるから、権利範囲に含まれる具体的層構成を特定するに当たり、積層体の内外を形式的に区別しても意味がない(「第1の層」及び「第2の層」の外部の層も全て、本件発明における積層体の構成要素となる。)。そして、前記アのとおり、訂正事項2における「該積層体上に無機酸化物の蒸着膜が設けられ、その蒸着膜上にガスバリア性塗布膜が設けられてなるもの」の具体的な内容は、「第1の層」、「第2の層」並びに「無機酸化物の蒸着膜」及び「蒸着膜上に設けられたガスバリア性塗布膜」を備えた積層体であるから、結局、積層体Aと区別できないものである。したがって、訂正事項2は訂正前の積層体から積層体Aを除く訂正であり、「積層体」の範囲を減縮していることになる。
 また、被告は、本件訂正事項2のような「除くクレーム」とする訂正は、第三者に明細書等の記載に関して誤解を与える可能性があり、不測の不利益を及ぼす蓋然性が高いものというべきである旨主張する。しかし、被告主張のような懸念が仮にあったとしても、それは、訂正後の請求項につき、明確性要件やサポート要件等の適合性を巡って検討されるべき問題というべきであるから、いずれにしても、本件事案において、この点をもって直ちに訂正を認めない理由とすることは相当でない。
ウ 以上のとおりであるから、訂正事項2が特許請求の範囲の減縮を目的とするものに当たらないとした本件取消決定の判断には誤りがある。また、訂正事項3ないし9が特許請求の範囲の減縮を目的とするものに当たらないとした本件取消決定の判断にも誤りがある。
⑵ 新規事項の追加の有無について
ア 仮に、本件において、異議手続で審理・判断されていない新規事項の追加の有無について審理・判断することができるとしても、訂正事項2は、新規事項を追加するものとは認められない。
 すなわち、訂正が、当業者によって,明細書又は図面の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入しないものであるときは,当該訂正は,「明細書又は図面に記載した事項の範囲内において」するものと解すべきところ、訂正事項2によって「該積層体上に無機酸化物の蒸着膜が設けられ、その蒸着膜上にガスバリア性塗布膜が設けられてなるもの」を除外することにより、新たな技術的事項が導入されるわけではなく、新規事項が追加されるものではない。
 本件発明の課題は、バイオマスエチレングリコールを用いたカーボンニュートラルなポリエステルを含む樹脂組成物からなる層を有する積層体を提供することであって、従来の化石燃料から得られる原料から製造された積層体と機械的特性等の物性面で遜色ないポリエステル樹脂フィルムの積層体を提供すること(【0008】)であるが、上記除外によってこの技術的課題に何らかの影響が及ぶものではない。
イ 被告は、前記第3の1⑵アのとおり、訂正事項2は、本件発明の課題に、引用文献の課題解決手段である「該積層体上に無機酸化物の蒸着膜が設けられ、その蒸着膜上にガスバリア性塗布膜」を追加することで新たな技術的事項を追加し、その追加した事項を前提に、それを除くとするのであるから、新たな技術的事項を導入するものである旨主張する。
 しかし、訂正事項2による除外がされて残った技術的事項には、本件訂正前と比較して何ら新しい技術的要素はないから、被告の主張は採用できない。
 その他被告が主張する点も、前記イにおいて既に判示したところに照らせば、いずれも採用できない。
ウ 訂正事項3ないし9も、前記ア及びイと同様であって、新規事項を導入するものではない。
⑶ 小括
 前記(1)及び(2)のとおり、本件訂正は、減縮に該当し、新規事項の追加には当たらないものであり、その他に被告がるる(※原文ママ)主張する点も、上記判断を左右するに足りるものではない。そうすると、その他の点について判断するまでもなく、本件訂正は訂正要件を満たすものであり、これを否定した本件取消決定の判断には誤りがあるところ、本件取消決定では本件訂正を認めていないため、訂正後の請求項15ないし22に係る発明については、訂正の目的要件以外の要件について判断がされておらず、特許成立の可否が確定していない。
 よって、上記判断の誤りが、本件取消決定の結論に影響を及ぼす可能性があることは明らかである。
したがって、原告主張の取消事由1は理由がある。
3 結論
 以上のとおり、取消事由1は理由があるから、その他の取消事由について判断するまでもなく、本件取消決定を取り消すこととし、主文のとおり判断する。
 
【所感】
 本判決は、全体として、ソルダーレジスト事件(平成18年(行ケ)第10563号)大合議判決に従ったものであると言える。しかしながら、本事案では「除く」訂正の可否に関する具体的な判断が示されており、除くクレームや訂正要件についての理解を深める上で参考になる。
 件訂正に係る訂正事項2(「積層体(但し、該積層体上に無機酸化物の蒸着膜が設けられ、その蒸着膜上にガスバリア性塗布膜が設けられてなるものを除く)」)では、訂正前の請求項1から「積層体」の範囲が減縮されており、かつ、新規事項が導入されているわけでもない。また、訂正事項2が適用された場合の請求項15は、確かに「積層体」の「外」の構成が除かれるという点で特徴的であるが、この点の是非については、裁判所の言うように、明確性要件やサポート要件で争われるべき問題であるように思われる。そのため、本件訂正が訂正要件を満たすものとし、本件取消決定の判断に誤りがあるとした裁判所の判断は、妥当であると感じる。
 ただし、本判決では、本事案に係る発明が「積層体」であることや、「無機酸化物の蒸着膜」及び「蒸着膜上に設けられたガスバリア性塗布膜」がそれぞれ「積層体」の層を形成し得るものであること、が考慮されていることが窺える。従って、例えば、「積層体」の層を形成しないような構成を「積層体」の外に設けたものを「除く」訂正が訂正要件を満たすか否かについては、議論の余地があると思われる。
 また、訂正事項2に係る「除く」訂正の部分を、例えば、「積層体(但し、前記第1の層および前記第2の層を有する積層体上に無機酸化物の蒸着膜が設けられ、その蒸着膜上にガスバリア性塗布膜が設けられてなるものを除く)」とすれば、「積層体」の構成を「除く」ように訂正することも可能だったと思われる。