シャークフィンアンテナ特許侵害訴訟事件

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判決日 2016.05.26
事件番号 H26(ワ)第28449号
担当部 東京地方裁判所第46民事部
発明の名称 アンテナ装置
キーワード 技術的範囲、特許法第102条3項
事案の内容 被告の生産,譲渡等したアンテナが当該発明の技術的範囲に属すると主張して,被告に対し、被告製品の差止及び廃棄並びに製造装置の廃棄、損害賠償を求めた事案。東京地裁は、原告の請求を一部認容した。

事案の内容全文(図あり)

【経緯】
平成19年11月30日:本件特許出願(日本アンテナ株式会社)
平成24年5月 9日:出願人名義変更届(原田工業株式会社)
平成25年4月5日:登録(特許第5237617号)
平成26年6月4日:訂正審判(訂正2014-390078)
平成26年9月19日:訂正確定
平成26年10月28日:本件訴訟提起

 

【請求項1】破線部は、訂正審判における訂正箇所。青字及び括弧は担当が付した。
A: 車両(2)に取り付けられた際に,車両から約70mm以下の高さ(h)で突出するアンテナケース(10)と,
B: 該アンテナケース(10)内に収納されるアンテナ部
C: からなるアンテナ装置(1)であって,
D: 前記アンテナ部は,アンテナ素子(31)と,該アンテナ素子(31)により受信された少なくともFM放送の信号を増幅するアンプを有するアンプ基板(34)とからなり,
E: 前記アンテナ素子(31)の給電点が前記アンプの入力にアンテナコイル(32)を
介して接続され,
F: 前記アンテナ素子(31)は前記アンテナコイル(32)と接続されることによりFM波帯で共振し,
G: 前記アンテナ素子(31)を用いてAM波帯を受信する
H: ことを特徴とするアンテナ装置(1)。

 

※図は添付文書を参照ください。

 

【被告製品の構成】
a 被告製品は,車両に取り付けられる高さ70mm以下のアンテナケースを備える。
b 被告製品は,前記アンテナケース内に収納されるアンテナ部を備える。
c 被告製品は,車両に取り付けられるアンテナ装置である。
d 被告製品は,前記アンテナケースの湾曲した天井面と略平行な曲面部を有するように折り曲げられた金属板とアンプ基板を有する。前記アンプ基板はアンテナ部により受信された少なくともFM放送の信号を増幅するアンプを有している。
e 金属板の下部には,巻回された線状導体(以下「巻線」という。)があり,巻線の一端から延びる導線と金属板とが接続する接続部1及び巻線の他端とアンプ基板の端子部とが接続する接続部2が設けられている。
f 被告製品は,金属板と巻線が接続されることによりFM波帯で共振する(ただし,金属板自体が共振するかについては争いがある。)。
g 被告製品は,金属板を用いてAM波帯を受信している。
h 被告製品は,上記a~gの特徴を備えるアンテナ装置である。

 

【争点】
(争点1)構成要件D~F「アンテナ素子」の充足性(被告は,被告製品の金属板が構成要件D~Fの「アンテナコイルと接続されることによりFM波帯で共振」する「アンテナ素子」に該当することを争う一方,被告製品が構成要件A~C,G及びHを充足することを認めている。)
(争点2)中国実用新案公報CN2648621Y(乙2。以下「乙2文献」という。)に基づく無効理由(新規性・進歩性欠如)の有無
(争点3)訂正の対抗主張の成否(省略)
(争点4)原告の損害額

 

【裁判所の判断】(下線は担当が付した)
1 争点(1)(構成要件D~F「アンテナ素子」の充足性)について
(1)原告は,被告製品の金属板が本件発明における「アンテナ素子」に当たると主張する。
そこで検討するに,特許請求の範囲の文言上,「アンテナ素子」は少なくともFM放送の信号を増幅するアンプの入力にアンテナコイルを介して接続され(構成要件D,E),アンテナコイルと接続されることによりFM波帯で共振する(構成要件F)ものであり,アンテナ素子のみでFM波帯で共振することは要しない。そして,被告製品において金属板と巻線が接続されることによりFM波帯で共振すること(前記前提事実 イの構成f)は当事者間に争いがなく,金属板のみあるいは巻線のみではFM波帯で共振しないことを被告は争っていない(甲8,9,乙7参照)。これらの事実によれば,被告製品の金属板は,巻線と接続されることによりFM波帯で共振するものであって,「アンテナ素子」に該当すると解するのが相当である。
(2)これに対し,被告は,① 被告製品は容量装荷型アンテナであって金属板は容量装荷板であり,コイル装荷型アンテナである本件発明とは原理が全く異なる,② 金属板はその固有共振周波数や減衰幅に照らしFM波帯のアンテナ素子ではあり得ない,③ 共振とは電流量が極大になる現象をいい,金属板が共振しているというためには金属板に流れる電流量が極大でなければならないところ,金属板と巻線を接続しFM波帯で共振している状態において金属板にはほとんど電流が流れていない旨主張するが,以下のとおり,いずれも採用することができない。
上記①については,装荷の方法は特許請求の範囲に記載されておらず,金属板がアンテナコイルと接続されることでFM波帯で共振すれば本件発明におけるアンテナ素子に該当するから,装荷方法に違いがあったとしてもそのことが構成要件該当性の判断に影響することはない。
上記②については,上記のとおりアンテナ素子が単体で共振する必要はないから,この点も金属板がアンテナ素子に該当することを否定する根拠となるものではない。
上記③についてみるに,被告が行った電磁界シミュレーション(乙12,17)によれば,金属板と巻線が接続されFM波帯で共振している状態の被告製品において金属板部分に流れる電流量が巻線部分に比べかなり少ないということができるが,この実験において観測されたのが電流密度(A/m)であること,実験結果を示す図において金属板の大部分は青色に表示されているが,電流密度が0ではなく1~2であってもそのように表示されることからすれば,上記シミュレーションをもって金属板部分に電流が流れていないとはいえない。この点に関し,被告は鏡像効果により被告製品の金属板に流れる電流はない旨指摘するが,鏡像効果による電流の打消しが完全に生じるのはアンテナがグランド面と平行な場合であるところ(乙13~16),被告製品の金属板のうち完全にグランド面と平行な部分
はほとんどなく,相当の部分はグランド面に対し垂直に近い角度にある上(甲8),被告製品が設置されるのはさほど広くない自動車の屋根であるから,鏡像効果により金属板に流れるべき全ての電流が打ち消されるとは考え難い。かえって,証拠(甲13)及び弁論の全趣旨によれば,アンテナで共振が生じているというとき,電流量が最大になる点は波長及びアンテナの構造に応じて決まるが,その両端に必ず電流量が0となる点があること,電流量の分布はアンテナの構造により緩やかに増減する場合もあれば急激に増減する場合もあること,いずれの場合でも共振は当該アンテナ全体で生じていることが認められる。そうすると,被告製品において金属板と巻線が接続されるとFM波帯で共振する以上,金属板も共振していると認められるのであり,巻線の電流量に比し金属板の電流量が極めて少ないとしても,そのことは金属板の共振を否定する根拠とはならないというべきである。
(3)したがって,被告製品は,構成要件D~Fを充足し,本件発明の技術的範囲に属すると認められる。

 

2 争点(2)(乙2文献に基づく無効理由の有無)について
(1)新規性の欠如について
前記前提事実に加え,証拠(乙2)及び弁論の全趣旨によれば,本件発明と乙2発明との間には,少なくとも,AM波帯を受信するのが,本件発明では「前記アンテナ素子」(構成要件G),すなわち,FM放送の信号を増幅するアンプの入力にアンテナコイルを介して接続され(同D,E),同アンテナコイルと接続されることによりFM波帯で共振するアンテナ素子である(同F)のに対し,乙2発明ではそのような構成が開示されていないという相違点があると認められ,両者が実質的に同一であるということはできない。したがって,新規性欠如の主張は失当である。
(2)進歩性の欠如について
被告は,本件発明と乙2発明の相違点につき,相違点①(アンテナケースの高さ)は実質的な相違点でなく,相違点②(アンテナ素子とコイル及びアンプとの接続関係)は技術常識及び公知文献(乙8,18)の記載に基づき,相違点③(AM波帯を受信する構成)は公知文献(乙8~10,18)の記載に基づき,いずれも容易に想到し得る旨主張する。
そこで判断するに,本件発明は,車両に取り付けるアンテナ装置について,高さ70mm以下のアンテナケースに収納される低姿勢としても感度劣化を極力抑えることが課題であり,構成要件D~Hはそのための手段である(本件明細書段落【0004】,【0017】,【0024】参照)。一方,被告が指摘する文献には,アンテナ素子とアンプをコイルを介して接続するもの(乙8,18),FM波帯で共振するアンテナ素子を用いてAM波帯を受信するもの(乙8~10)は記載されているが,これらに記載されたFM波帯を受信するアンテナ素子の形状は本件発明におけるものと大きく異なっている。そうすると,これら文献のいずれにも,アンテナコイルを接続することによって初めてFM波帯で共振するほど小型のアンテナ素子を備えたアンテナにおいて,FM波帯で共振する当該アンテナ素子によってAM波帯をも受信するアンテナの構成が開示されているとは認められない。また,乙2発明は,インダクタ及びFM信号増幅回路と接続されたFMアンテナ区の曲折導電層のほかにAM信号増幅回路と接続されたAMアンテナ区の曲折導電層を有しているのであり(乙2),あえてFM波帯を受信するアンテナ素子を用いてAM波帯を受信させる動機付けが見当たらない。したがって,進歩性の欠如についても被告の主張を採用することはできない。
4 争点(4)(原告の損害額)について
原告は平成25年4月5日~平成27年10月末日の被告製品の売上高4億4967万3858円に実施料率5%を乗じた2248万3692円が本件特許権の侵害による損害額(特許法102条3項)であると主張するところ,売上高は被告の自認する2億8279万4711円の限度で認められ,これを上回る額を認めるに足りる証拠はない。
次に,実施料率についてみるに,前記前提事実に加え,証拠(甲2,23,24,乙27)及び弁論の全趣旨によれば,① 本件発明は被告製品の構成の中核部分に用いられており,本件発明の技術的範囲に属する部分を取り除くと被告製品はアンテナとして体をなさないこと,② 本件発明は高さ約70mm以下という限られた空間しか有しないアンテナケースに組み込んでも良好な電気的特性を得ることのできるアンテナ装置の提供を目的とするところ,被告製品はこれと同様に背が低いにもかかわらず受信性能に優れたアンテナ装置であって,被告はこの点を被告製品の宣伝上強調していること,③ 本件発明の属する電子・通信用部品ないし電気産業の分野のライセンス契約における実施料率については平均3.3~3.5%ないし2.9%とする調査結果が公表されていること,以上の事実が認められる。これらの事実を総合すると,本件において特許法102条3項に基づく損害額算定に当たっては被告製品の売上額の5%をもって原告の損害とするのが相当である。
したがって,原告の損害額は1413万9735円となる。
(2)本件訴訟の内容,認容額等に照らすと,弁護士費用は200万円が相当である。
(3)以上によれば,被告は,原告に対し,上記損害額合計1613万9735円及びうち450万円に対する訴状送達の日の翌日である平成26年11月11日から(なお,侵害期間に鑑み同日までに少なくとも9000万円の売上げがあったものと認める。),うち1163万9735円に対する平成27年11月10日付け訴えの変更申立書送達の日の翌日である平成27年11月17日から各支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払義務を負う。
5 差止め及び廃棄等の請求について
原告は,請求の趣旨において被告製品の生産等の差止め及び廃棄に加え被告製品製造のための装置の廃棄を求めるが,被告製品製造のための装置が特定されていない上,廃棄の必要性について具体的な主張がない。したがって,上記装置の廃棄請求を認めることはできない。
6 結論
よって,主文のとおり判決する。なお,主文第2項についての仮執行宣言は相当でないから,これを付さないこととする。

 

【所感】
裁判所の判断は妥当である。被告製品はコイルを装荷しており、明細書や審査経過には限定解釈されるような記載はないため、「被告製品は容量装荷型アンテナであって金属板は容量装荷板であり,コイル装荷型アンテナである本件発明とは原理が全く異なる」、という被告の主張が採用されないことは妥当であると考えられる。特許法102条3項に基づく損害額算定に当たっては、本件発明の属する分野のライセンス契約における実施料率よりも高い率をもって原告の損害とした点について、興味深いと感じた。