ゴルフスイングモニタリングシステム審決取消請求事件

  • 日本判例研究レポート
  • 知財判決例-審取(査定係)
判決日 2022.04.28
事件番号 R3(行ケ)10097
担当部 知財高裁第1部
発明の名称 ゴルフスイングモニタリングシステム
キーワード 増項補正
事案の内容 本件は、拒絶査定不服審判の請求不成立審決の取り消しを求める審決取消訴訟であり、請求不成立審決が維持された事案である。拒絶査定不服審判と同時になされた特許請求の範囲についての補正が増項補正に該当し、特許法17条の2第5項2号の「特許請求の範囲の減縮」を目的とするものと認められないと判断された。

事案の内容

【事件の経緯】
平成27年 4月22日を国際出願日とする特許出願(特願2016-563421号、優先日平成26年4月24日)
令和 2年 1月28日 拒絶査定
令和 2年 5月29日 拒絶査定不服審判及び特許請求の範囲について手続補正(不服2020-7323号)
令和 3年 4月 6日 補正を却下する旨の決定及び請求不成立審決
令和 3年 8月19日 本件審決の取り消しを求める本件訴訟を提起
 
【本願発明】
 増項補正に該当すると判断された請求項(補正後の請求項8)を示す。以下、補正後の請求項8を記載した補正が、「補正事項1」として示される。
【請求項8】
 前記ストラップは、前記ストラップの調整位置、周囲長さ、形状、または長さを変更するように調整可能であり、
該システムが、前記ストラップの前記調整位置、周囲長さ、形状、または長さ、あるいは、これらを示すデータを特定するように構成されたストラップセンサを備え、
 該システムが、特定された前記ストラップの前記調整位置、周囲長さ、形状、または長さ、あるいは、これらを示すデータに基づいて、前記アンテナの少なくとも1個の動作パラメータまたは前記アンテナのための補償を調整するように構成されており、
 該システムが、複数のアンテナ整合回路もしくはシステム、および/または、調整可能な整合回路もしくはシステムを備え、
 該システムが、特定された前記ストラップの前記調整位置、周囲長さ、形状、または長さ、あるいは、これらを示すデータに基づいて、前記複数のアンテナ整合回路もしくはシステム、および/または、調整可能な整合回路もしくはシステムのうちの1個以上を選択および/または変更することによって、前記アンテナの少なくとも1個の動作パラメータまたは前記アンテナのための補償を調整するように構成されている、
 請求項1~7のいずれかに記載のシステム。
 
 以下、下線は筆者が付した。
 
【審決の概要】
 補正事項1(補正後の請求項8を記載する補正)は、特許法17条の2第5項2号の「特許請求の範囲の減縮」を目的とするものと認められないから、その余の点について判断するまでもなく、補正事項1を含む本件補正は同号に適合しないと判断された。
 
【当事者の主張】
1.原告の主張
ア 本件補正後の請求項8は、本件補正後の請求項1ないし7に従属し、本件補正前の請求項1に内的付加に相当する追加的要件((a) ストラップは、該ストラップの調整位置、周囲長さ、形状、または長さを変更するように調整可能である点、(b) システムが、ストラップの調整位置、周囲長さ、形状、または長さ、あるいは、これらを示すデータを特定するように構成されたストラップセンサを備える点、(c) システムが、ストラップの調整位置、周囲長さ、形状、または長さ、あるいは、これらを示すデータに基づいて、アンテナの少なくとも1個の動作パラメータまたは前記アンテナのための補償を調整するように構成されている点、(d) システムが、複数のアンテナ整合回路もしくはシステム、および/または、調整可能な整合回路もしくはシステムを備える点、(e) システムが、特定されたストラップの調整位置、周囲長さ、形状、または長さ、あるいは、これらを示すデータに基づいて、複数のアンテナ整合回路もしくはシステム、および/または、調整可能な整合回路もしくはシステムのうちの1個以上を選択および/または変更することによって、前記アンテナの少なくとも1個の動作パラメータまたは前記アンテナのための補償を調整するように構成されている点)を規定したものであるから、本件補正前の請求項1に記載した発明を特定するために必要な事項を限定するものである
 そして、本件拒絶理由通知では、本件補正前の請求項1について新規性及び進歩性などの実体的要件に関する拒絶理由の指摘はなく、本件補正前の請求項1に特許性が認められていることからすると、本件補正後の請求項8は、本件補正前の請求項1に対する従前の審査内容に沿って特許性を具備するものといえるから、本件補正前の請求項1についての審査を十分に有効活用して、補正された発明の審査を行うことが可能であり、新たな先行技術調査等を要求することで審査遅延などの事態を生じさせないことも明らかである
 そうすると、厳密には、本件補正後の請求項8は、本件補正前の請求項1と一対一で対応する請求項ではないとしても、これに準ずるような対応関係に立つものであり、補正事項1は、既にされた審査結果を有効に活用できる範囲内で補正を認めることとした特許法17条の2第5項の制度趣旨に反するものではなく、同項2号が許容する増項補正に相当するから、本件補正前の請求項1との関係で「特許請求の範囲の減縮」(同号)を目的とするものに該当する
(略)
イ この点に関し被告は、本件補正後の請求項8は、本件補正後の請求項11から最終段落の構成要件を省いて上位概念化したものであり、これまで審査されておらず、既にされた審査結果を有効に活用して迅速に審査をすることができたものとはいえないから、補正事項1は、特許法17条の2第5項2号の規定に適合しない旨主張する。
 しかし、本件補正後の請求項8は、本件補正後の請求項11との関係では、同請求項から最終段落の構成要件を省いて上位概念化したものであったとしても、本件補正後の請求項1ないし7との関係では、その下位概念を規定したものであり、本件補正後の請求項1ないし7については十分審査がされており、本件補正後の請求項8の特許性の判断に際し、上記審査結果を有効に活用して迅速に審査することは可能であるから、被告の上記主張は失当である
 
【裁判所の判断】
1 補正事項1の判断の誤りについて
⑴ 本件補正後の請求項8と対応する補正前の請求項について
ア 特許法17条の2第5項は、拒絶査定不服審判を請求する場合において、その審判の請求と同時に特許請求の範囲についてする補正(同条1項ただし書4号)は、同条5項1号から4号までのいずれかの事項を目的とするものに限ると規定し、同項2号は、「特許請求の範囲の減縮」(同法36条5項の規定により請求項に記載した発明を特定するために必要な事項を限定するものであって、その補正前の当該請求項に記載された発明とその補正後の当該請求項に記載される発明の産業上の利用分野及び解決しようとする課題が同一であるものに限る。)と規定している。同法17条の2第5項の趣旨は、拒絶査定を受け、拒絶査定不服審判の請求と同時にする特許請求の範囲の補正について、既に行った先行技術文献調査の結果等を有効利用できる範囲内に制限することにより、迅速な審査を行うことができるようにしたことにあるものと解される。このような同項の趣旨及び同項2号の文言に照らすと、補正が「特許請求の範囲の減縮」を目的とするものに該当するというためには、補正後の請求項が補正前の請求項の発明特定事項を限定した関係にあることが必要であり、その判断に当たっては、補正後の請求項が補正前のどの請求項と対応関係にあるかを特定し、その上で、補正後の請求項が補正前の当該請求項の発明特定事項を限定するものかどうかを判断すべきものと解される。また、補正により新しい請求項を追加する増項補正であっても、補正後の新しい請求項がそれと対応関係にある補正前の特定の請求項の発明特定事項を限定するものであれば、「特許請求の範囲の減縮」を目的とするものに該当するものと解される
 以上を前提に、補正事項1が「特許請求の範囲の減縮」を目的とするものに該当するかどうかについて判断する。
 
イ (略)本件補正前の請求項1ないし16と本件補正後の請求項1ないし17を対比すると、本件補正後の請求項1は、本件補正前の請求項1の文言の一部を補正したものであること、本件補正後の請求項2ないし7は、それぞれ本件補正前の請求項2ないし7と同一の記載であること、本件補正後の請求項9は、本件補正前の請求項8と同一の記載であること、本件補正後の請求項10ないし15は、それぞれ本件補正前の請求項9ないし14の文言の一部を補正したものであること、本件補正後の請求項16及び17は、それぞれ本件補正前の請求項15及び16と同一の記載であることが認められるから、本件補正前の請求項1ないし16は、それぞれ本件補正後の請求項1ないし7、9ないし17と対応関係にあることが認められる
 そうすると、本件補正後の請求項8は、本件補正により、新たに追加された請求項であることが認められる
 
ウ 次に、本件補正後の請求項8の記載は、「前記ストラップは、前記ストラップの調整位置、周囲長さ、形状、または長さを変更するように調整可能であり、該システムが、前記ストラップの前記調整位置、周囲長さ、形状、または長さ、あるいは、これらを示すデータを特定するように構成されたストラップセンサを備え、該システムが、特定された前記ストラップの前記調整位置、周囲長さ、形状、または長さ、あるいは、これらを示すデータに基づいて、前記アンテナの少なくとも1個の動作パラメータまたは前記アンテナのための補償を調整するように構成されており、該システムが、複数のアンテナ整合回路もしくはシステム、および/または、調整可能な整合回路もしくはシステムを備え、該システムが、特定された前記ストラップの前記調整位置、周囲長さ、形状、または長さ、あいは、これらを示すデータに基づいて、前記複数のアンテナ整合回路もしくはシステム、および/または、調整可能な整合回路もしくはシステムのうちの1個以上を選択および/または変更することによって、前記アンテナの少なくとも1個の動作パラメータまたは前記アンテナのための補償を調整するように構成されている、請求項1~7のいずれかに記載のシステム。」であるのに対し、
本件補正前の請求項10の記載は、「前記ストラップは、前記ストラップの調整位置、周囲長さ、形状、または長さを変更するように調整可能であり、該システムが、前記ストラップの前記調整位置、周囲長さ、形状、または長さ、あるいは、これらを示すデータを特定するように構成されたストラップセンサを備え、該システムが、特定された前記ストラップの調整位置、周囲長さ、形状、または長さ、あるいは、これらを示すデータに基づいて、前記アンテナの少なくとも1個の動作パラメータまたは前記アンテナのための補償を調整するように構成されており、該システムが、複数のアンテナ整合回路またはシステム、および/または、調整可能な整合回路またはシステムを備え、該システムが、特定された前記ストラップの調整位置、周囲長さ、形状、または長さ、あるいは、これらを示すデータに基づいて、前記整合回路またはシステムのうちの1個以上を選択および/または変更することによって、前記アンテナの少なくとも1個の動作パラメータまたは前記アンテナのための補償を調整するように構成されており、前記ストラップセンサが、前記ストラップの第1の部分に備えられた1個以上の第1接点と、前記ストラップの第2の部分に備えられた1個以上の第2接点とを備えるか、あるいは、第1接点および第2接点と通信可能であり、第1接点のうちの1個以上が、第2接点のうちの1個以上と選択的に接触可能であり、前記ストラップが閉じられるか固定されたときに、第1接点の1個以上および第2接点の1個以上の間の接触により測定回路を完成させるように構成されている導体によって、第1接点と第2接点とが結合されて、該システムが、前記ストラップセンサによって測定された前記測定回路の少なくとも1つの電気特性に基づいて、前記ストラップの前記調整位置、周囲長さ、形状、または長さを特定するように構されている、請求項8または9に記載のシステム。」であること、
 本件補正前の請求項10が引用する請求項8は、本件補正前の「請求項1~7」を、本件補正前の請求項9は「請求項4に従属する請求項8」を引用しているから、本件補正前の請求項10は、本件補正前の請求項1ないし7の従属項であることからすると、本件補正後の請求項8は、本件補正前の請求項10の発明特定事項から、「前記ストラップセンサが、前記ストラップの第1の部分に備えられた1個以上の第1接点と、前記ストラップの第2の部分に備えられた1個以上の第2接点とを備えるか、あるいは、第1接点および第2接点と通信可能であり、第1接点のうちの1個以上が、第2接点のうちの1個以上と選択的に接触可能であり、前記ストラップが閉じられるか固定されたときに、第1接点の1個以上および第2接点の1個以上の間の接触により測定回路を完成させるように構成されている導体によって、第1接点と第2接点とが結合されて、該システムが、前記ストラップセンサによって測定された前記測定回路の少なくとも1つの電気特性に基づいて、前記ストラップの前記調整位置、周囲長さ、形状、または長さを特定するように構成されている」との構成を削除した請求項であり、本件補正前の請求項10と対応関係にあることが認められる
 そして、前記⑴イのとおり、本件補正後の請求項11は、本件補正前の請求項10と対応関係にあるから、本件補正前の請求項10は、本件補正後の請求項8及び11の両請求項と対応関係にあることが認められる。
 以上によれば、補正事項1は、新たに本件補正後の請求項8を追加する増項補正に当たり、また、本件補正後の請求項8は、本件補正前の請求項10と対応関係にあることが認められる
 
エ これに対し原告は、本件補正後の請求項8は、本件補正後の請求項1ないし7に従属し、本件補正前の請求項1に内的付加に相当する追加的要件(…)を規定したものであり、本件補正前の請求項1に記載した発明を特定するために必要な事項を限定するものであるから、本件補正前の請求項1と一対一で対応する請求項ではないとしても、これに準ずるような対応関係に立つ旨主張する
 しかしながら、本件補正後の請求項8は、本件補正後の請求項1のほか、請求項2ないし7の発明特定事項を引用するものであり、本件補正後の請求項1の従属項であるのみならず、請求項2ないし7の従属項でもあること、本件補正後の請求項1は、本件補正後の請求項2ないし7の発明特定事項を含むものではないことからすると、本件補正後の請求項8は、本件補正において、本件補正前の請求項1と一対一で対応する請求項に該当しないのはもとより、これに準ずるような対応関係に立つものと認めることはできない
 したがって、原告の上記主張は、採用することができない。
 
(2) 補正事項1の「特許請求の範囲の減縮」の目的該当性について
ア 前記(1)ウ認定のとおり、本件補正後の請求項8は、本件補正前の請求項10と対応関係にあることが認められる。
 しかるところ、前記(1)ウ認定のとおり、本件補正後の請求項8は、本件補正前の請求項10の発明特定事項から、(…)との構成を削除した請求項であるところ、この削除によって、本件補正前の請求項10の発明特定事項を限定したものと認めることはできず、かえって、本件補正前の請求項10に係る発明を上位概念化したものといえるから、補正事項1は、「特許請求の範囲の減縮」を目的とするものと認められない
イ これに対し原告は、①本件補正後の請求項8は、本件補正後の請求項1ないし7に従属し、本件補正前の請求項1に内的付加に相当する追加的要件を規定したものであるから、本件補正前の請求項1に記載した発明を特定するために必要な事項を限定するものである、②本件拒絶理由通知では、本件補正前の請求項1について新規性及び進歩性などの実体的要件に関する拒絶理由の指摘はなく、本件補正前の請求項1に特許性が認められていることからすると、本件補正後の請求項8は、本件補正前の請求項1に対する従前の審査内容に沿って特許性を具備するものといえるから、本件補正前の請求項1についての審査を十分に有効活用して、補正された発明の審査を行うことが可能であり、新たな先行技術調査等を要求することで審査遅延などの事態を生じさせないことも明らかである、③厳密には、本件補正後の請求項8は、本件補正前の請求項1と一対一で対応する請求項ではないとしても、これに準ずるような対応関係に立つものであり、補正事項1は、既にされた審査結果を有効に活用できる範囲内で補正を認めることとした特許法17条の2第5項の制度趣旨に反するものではなく、同項2号が許容する増項補正に相当するから、本件補正前の請求項1との関係で「特許請求の範囲の減縮」(同号)を目的とするものに該当する旨主張する。
 しかしながら、前記(1)エで説示したとおり、本件補正後の請求項8は、本件補正前の請求項1と一対一で対応する請求項に該当しないのはもとより、これに準ずるような対応関係に立つものと認めることはできないから、この点において、原告の上記主張は、その前提を欠くものである
 また、前記アで説示したとおり、本件補正後の請求項8は、本件補正前の請求項10の発明特定事項の構成の一部を削除した請求項であるが、本件においては、本件補正前の請求項10の発明特定事項から上記構成を削除した請求項について、サポート要件等の記載要件の審査が行われた形跡はうかがわれず、かかる審査が新たに必要となるものと考えられるから、本件補正後の請求項8は、本件補正前の請求項1に対する従前の審査内容に沿って特許性を具備するものと直ちにいえるものではなく、この点においても、原告の上記主張は、その前提を欠くものである。
 したがって、補正事項1は「特許請求の範囲の減縮」を目的とするものと
認められないから、原告の上記主張は、採用することができない。
 
⑵ 小括
 以上のとおり、…原告主張の取消事由は理由がない。
 
【所感】
 拒絶査定不服審判請求時における補正において、請求項を増加させる補正が特許法17条の2第5項2号に該当するか否かについての特許庁の方針として、「多数項引用形式で記載された一つの請求項を、引用請求項を減少させて独立形式の請求項とするときや、構成要件が択一的なものとして記載された一つの請求項について、その択一的な構成要件をそれぞれ限定して複数の請求項とするときは、実質的には一対一の対応関係にあれば増項補正は可能(知財高裁 平成23 年(行ケ)10226 号、平成 17(行ケ)10192号等参考)」と示されている(拒絶査定不服審判Q&A)。
 本判例において、「また、補正により新しい請求項を追加する増項補正であっても、補正後の新しい請求項がそれと対応関係にある補正前の特定の請求項の発明特定事項を限定するものであれば、「特許請求の範囲の減縮」を目的とするものに該当するものと解される。」と示されており、特許法17条の2第5項が課せられる状況における補正に新たな見解が提示されたと考えられる。