オキサリプラティヌムの医薬的に安定な製剤事件

  • 日本判例研究レポート
  • 知財判決例-審取(当事者係)
判決日 2017.01.20
事件番号 H28(ネ)10046
担当部 知財高裁特別部
発明の名称 オキサリプラティヌムの医薬的に安定な製剤
事案の内容  存続期間が延長された特許権に基づく製剤の製造販売等の差止請求について,一審被告各製品は,本件の各政令処分の対象となった物と実質同一なものとはいえず、同特許権の効力が及ばないことを理由に請求を棄却した事例。

事案の内容

【請求項1】
 濃度が1ないし5mg/mlでpHが4.5ないし6のオキサリプラティヌムの水溶液からなり、医薬的に許容される期間の貯蔵後、製剤中のオキサリプラティヌム含量が当初含量の少なくとも95%であり、該水溶液が澄明、無色、沈殿不含有のままである、腸管外経路投与用のオキサリプラティヌムの医薬的に安定な製剤。

 

【被告製品】
 オキサリプラチン(オキサリプラティヌムと同義)と注射用水のほか,有効成分以外の成分として,オキサリプラチンと等量の濃グリセリンを含有する。

 

判示内容
○ 存続期間が延長された特許権に係る特許発明の効力は,政令処分で定められた「成分,分量,用法,用量,効能及び効果」によって特定された「物」(医薬品)のみならず,これと医薬品として実質同一なものにも及び,政令処分で定められた上記構成中に対象製品と異なる部分が存する場合であっても,当該部分が僅かな差異又は全体的にみて形式的な差異にすぎないときは,対象製品は,医薬品として政令処分の対象となった物と実質同一なものに含まれ,存続期間が延長された特許権の効力の及ぶ範囲に属する

 

○ 医薬品の成分を対象とする物の特許発明において,政令処分で定められた「成分」に関する差異,「分量」の数量的差異又は「用法,用量」の数量的差異のいずれか一つないし複数があり,他の差異が存在しない場合に限定してみれば,僅かな差異又は全体的にみて形式的な差異かどうかは,特許発明の内容に基づき,その内容との関連で,政令処分において定められた「成分,分量,用法,用量,効能及び効果」によって特定された「物」と対象製品との技術的特徴及び作用効果の同一性を比較検討して,当業者の技術常識を踏まえて判断すべきである

 

○ 上記の限定した場合において,
 ①医薬品の有効成分のみを特徴とする特許発明に関する延長登録された特許発明において,有効成分ではない「成分」に関して,対象製品が,政令処分申請時における周知・慣用技術に基づき,一部において異なる成分を付加,転換等しているような場合,
 ②公知の有効成分に係る医薬品の安定性ないし剤型等に関する特許発明において,対象製品が政令処分申請時における周知・慣用技術に基づき,一部において異なる成分を付加,転換等しているような場合で,特許発明の内容に照らして,両者の間で,その技術的特徴及び作用効果の同一性があると認められるとき,
 ③政令処分で特定された「分量」ないし「用法,用量」に関し,数量的に意味のない程度の差異しかない場合,
 ④政令処分で特定された「分量」は異なるけれども,「用法,用量」も併せてみれば,同一であると認められる場合は,
対象製品と政令処分で定められた「成分,分量,用法,用量,効能及び効果」によって特定された「物」の間の差異は僅かな差異又は全体的にみて形式的な差異に当たり,対象製品は,医薬品として政令処分の対象となった物と実質同一なものに含まれる。

 

○ 法68条の2の実質同一の範囲を定める場合には,均等の五つの要件を適用ないし類推適用することはできない

 

○ 延長登録出願の手続において,延長登録された特許権の効力範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情がある場合には,特許法68条の2の実質同一が認められることはない

 

本件についての検討
一審被告各製品が本件各処分の対象となった物と同一であるか否か
 延長登録された本件特許権の効力は,本件各処分の「成分,分量,用法,用量,効能及び効果」によって特定された「物」についての「当該特許発明の実施」の範囲で及ぶところ,本件各処分の「成分」は,文言解釈上,いずれもオキサリプラチンと注射用水のみを含み,それ以外の成分を含まないものである。
 これに対し,一審被告各製品の「成分」は,いずれもオキサリプラチンと注射用水以外に,添加物としてオキサリプラチンと等量の濃グリセリンを含むものであり,その使用目的は安定剤である。
 そうすると,本件各処分の対象となった物と一審被告各製品とは,少なくとも,その「成分」において文言解釈上異なるものというほかなく,この点の差異が,僅かな差異又は全体的にみて形式的な差異であるとして,法68条の2の実質同一といえるのか否かを判断すべきことになる。

 

一審被告各製品が本件各処分の対象となった物と実質同一なものに含まれるか否か
 本件明細書には,オキサリプラティヌム水溶液において,有効成分の濃度とpHを限定された範囲内に特定することと併せて,「酸性またはアルカリ性薬剤,緩衝剤もしくはその他の添加剤を含まないオキサリプラティヌム水溶液」を用いることにより,本件発明の目的を達成できることが記載されており,「この製剤は他の成分を含まず,原則として,約2%を超える不純物を含んではならない」との記載も認められる。
 これによれば,本件発明においては,オキサリプラティヌム水溶液において,有効成分の濃度とpHを限定された範囲内に特定することと併せて,何らの添加剤も含まないことも,その技術的特徴の一つであるものと認められる。
 以上によれば,本件各処分と一審被告各製品とにおける「成分」に関する前記差異,すなわち,本件各処分の対象となった物がオキサリプラティヌムと注射用水のみからなる水溶液であるのに対し,一審被告各製品がこれにオキサリプラティヌムと等量の濃グリセリンを加えたものであるとの差異は,本件発明の上記の技術的特徴に照らし,僅かな差異であるとか,全体的にみて形式的な差異であるということはできず,したがって,一審被告各製品は,本件各処分の対象となった物と実質同一なものに含まれるということはできない。
 よって,一審被告各製品は,作用効果の同一性などその余の点について検討するまでもなく,本件各処分の対象となった「成分,分量,用法,用量,効能及び効果」によって特定された「物」についての本件発明の実施と実質同一なものとして,延長登録された本件特許権の効力範囲に属するということはできない。

 

均等について
 特許発明の技術的範囲における均等は,特許発明の技術的範囲の外延を画するものであり,法68条の2における,具体的な政令処分を前提として延長登録が認められた特許権の効力範囲における前記実質同一とは,その適用される状況が異なるものであるため,その第1要件ないし第3要件はこれをそのまま適用すると,法68条の2の延長登録された特許権の効力の範囲が広がり過ぎ,相当ではない。
 すなわち,本件各処分についてみれば明らかなように,各政令処分によって特定される「物」についての「特許発明の実施」について,第1要件ないし第3要件をそのまま適用して均等の範囲を考えると,それぞれの政令処分の全てが互いの均等物となり,あるいは,それぞれの均等の範囲が特許発明の技術的範囲ないしはその均等の範囲にまで及ぶ可能性があり,法68条の2の延長登録された特許権の効力範囲としては広がり過ぎることが明らかである。
 また,均等の5要件の類推適用についても,仮にこれを類推適用するとすれば,政令処分は,本件各処分のように,特定の医薬品について複数の処分がなされることが多いため,政令処分で特定される具体的な「物」について,それぞれ適切な範囲で一定の広がりを持ち,なおかつ,実質同一の範囲が広がり過ぎないように検討する必要がある。
 しかし,まず,第1要件についてみると,このような類推適用のための要件を想定することは困難である。すなわち,第1要件は,政令処分により特定される「物」と対象製品との差異が政令処分により特定される「物」の本質的部分ではないことと類推されるところ,実質同一の範囲が広がり過ぎないように類推適用するためには,政令処分により特定される「物」の本質的部分を適切に想定することが必要であると解されるものの,その想定は一般的には困難である。
 また,第2要件は,政令処分により特定される「物」と対象製品との作用効果の同一性と類推されるところ,これは,実質同一のための必要条件の一つであると考えられるものの,これだけでは実質同一の範囲が広くなり過ぎるため,類推適用のためには,第1要件やその他の要件の考察が必要となり,その想定は困難である。以上によれば,法68条の2の実質同一の範囲を定める場合には,前記の五つの要件を適用ないし類推適用することはできない。

 

 ただし,一般的な禁反言(エストッペル)の考え方に基づけば,延長登録出願の手続において,延長登録された特許権の効力範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情がある場合には,法68条の2の実質同一が認められることはないと解される。

 

【所感】
 「不純物を含んではならない」という本願の記載に基づき「実質同一でない」ことを導いた点は妥当であると考える。
 一方、均等についての判示には疑問が残る。
 一審とは異なり、実質同一の範囲に均等論は適用されないことが判示された。
 本件の判示によれば、均等であるが実質同一ではない場合は、特許権の効力が及ばないことになる。
 延長された特許権の効力は、特許法六十八条の二によって制限されている。
 一方で、延長された特許権の技術的範囲について、通常の特許権の技術的範囲の場合と異なる考え方を適用する正当性は無いのではないだろうか。
 判決文には、「要件を想定することは困難だから、均等論を適用ないし類推適用することはできない。」と記されているが、このようなことを敢えて大合議で判示する必要があったのだろうか。

 

第六十八条の二
 特許権の存続期間が延長された場合の当該特許権の効力は、その延長登録の理由となつた第六十七条第二項の政令で定める処分の対象となつた物(その処分においてその物の使用される特定の用途が定められている場合にあつては、当該用途に使用されるその物)についての当該特許発明の実施以外の行為には、及ばない