エンジン制御装置審決取消訴訟事件

  • 日本判例研究レポート
  • 知財判決例-審取(当事者係)
判決日 2017.03.14
事件番号 H28(行ケ)10172
担当部 知財高裁第4部
発明の名称 エンジン制御装置,ECU(Electronic Control Unit)およびECUケース
キーワード 新規性、進歩性(相違点の認定)
事案の内容 無効審判請求を不成立とした審決に対する取消訴訟であり、請求が棄却された。審判段階では、請求項1~7のうち、請求項2,6が訂正により削除され、請求項1,3ないし5及び7についての無効審判の請求は成り立たないとされた。
審判では、ECUケースとECUとの位置関係に基づいて、引用発明1における突出部の突出の方向が「外部」ではなく「内部」であると認定したが、裁判所では、本件発明の目的、作用効果に基づいて「外部」であると認定して、判断が異なる点がポイント。ただし、新規性・進歩性に係る結論は変わらなかった。

事案の内容

【特許請求の範囲】
[請求項1]スロットルボディと,/前記スロットルボディとは別工程において作成された,回路基板を有するECU(Electronic ControlUnit)を格納するECUケースと,/前記スロットルボディと前記ECUケースとを取り付けする取り付け手段と,/を備えたエンジン制御装置において,/前記ECUケースは,外部に突出する凸部状の突出部を備え,/前記突出部は,内部に設けられた凹部を備え,/前記凹部は,前記回路基板の一方の面に取り付けられたTPS(Throttle Position Sensor),吸気圧力センサおよび吸気温度センサの少なくとも一つのセンサを含む,前記回路基板の一方の面から突出した部材を格納し,/前記突出部は,前記ECUケースが前記スロットルボディに取り付けられるときに,前記スロットルボディに嵌合されることを特徴とするエンジン制御装置。
【審判における認定】
イ 本件発明1と引用発明1Aとの対比
(ア) 一致点
スロットルボディと,スロットルボディとは別工程において作成された,回路基板を有するECUを格納するECUケースと,スロットルボディとECUケースとを取り付けする取り付け手段と,を備えたエンジン制御装置において,ECUケースは,設けられる凸部状の突起部を備え,突起部は,内部に設けられた凹部を備え,突起部は,ECUケースがスロットルボディに取り付けられるときに,スロットルボディに嵌合される,エンジン制御装置。
(イ) 相違点
a 相違点a
「設けられる凸部状の突起部」に関して,本件発明1においては「外部に突出する凸部状の突出部」を備えるのに対し,引用発明1Aにおいては「内部に設けられる凸部状の突起部」を備える点。
b 相違点b
本件発明1においては「凹部は,回路基板の一方の面に取り付けられたTPS,吸気圧力センサおよび吸気温度センサの少なくとも一つのセンサを含む,前記回路基板の一方の面から突出した部材を格納」するのに対し,引用発明1Aにおいては「凹部は,回路基板の一方の面に取り付けられたTPS,吸気圧力センサおよび吸気温度センサの少なくとも一つのセンサを含む,前記回路基板の一方の面から突出した部材を格納」しない点。
 
【裁判所の判断】
2 取消事由1(引用発明1に基づく新規性及び進歩性に係る判断の誤り)について
(2) 取消事由1-1(引用発明1の認定の誤り)
ア 原告は,本件審決が,引用発明1について,ユニットハウジング46は,「内部」に設けられる凸部状の突起部を備える旨認定したのに対し,ユニットハウジング46には,下方に突出する凸部状の突起部があり,この突起部はユニットハウジング46の「外部」に突出するものであることが認定されるべきである旨主張する。
イ 本件発明における「外部」の意義について
(ア) 本件発明は,ECUケースが「外部」に突出する凸部状の突出部を備えることを発明特定事項とするものである。
特許請求の範囲の記載からは,ECUケースに備えられた凸部状の突出部は,「外部」に突出するものであって,その内部に凹部を備え,ECUケースがスロットルボディに取り付けられるときに,スロットルボディに嵌合されるものであることが分かる。
「外部」という用語は,一般に「物事のそと側」を意味するところ(広辞苑第6版),本件明細書には,かかる用語の意義について格別に定義した記載は存しない。他方,本件明細書には,前記1のとおり,本件発明は,小型化及び低コスト化を実現するエンジン制御装置及びECUケースを提供することを目的とし,特許請求の範囲の請求項1及び3の構成によれば,スロットルボディとECUケースとを取り付けた際に両者間に生じる空間にECUケースの突出部を納めることができ,エンジン制御装置全体としてより小型化を図ることができるとともに,ECUケースのスロットルボディとの取付け面と反対側の面を最小限の幅で平坦にすることができるという作用効果を奏するものであることが記載されている。かかる目的,作用効果からは,突出部が突出する「外部」を,特に回路基板を有するECUとの位置関係において限定すべき理由はない。
以上によれば,突出部が突出する「外部」とは,ECUケースがスロットルボディに取り付けられるときに,スロットルボディとの取付け面側を意味するものと解すべきである。
(イ) 被告の主張について
被告は,特許請求の範囲では,ECUケースはその「内部」に回路基板を有するECUを格納しており,このECUが存在するECUケースの「内部」に対する文言として「外部」という文言が用いられているから,突出部がECUケースからECUを格納するケースの内部(内側)に突出するのではなく,ECUケースから外部(外側)に突出するものであることが規定されていることは明らかであって,「外部」とは,ECUケースから外部(外側)を意味するものと解すべきである旨主張する。
しかし,特許請求の範囲の「回路基板を有するECU…を格納するECUケース」との文言は,ECUケースが回路基板を有するECUを格納するものであることを規定するにとどまり,回路基板を有するECUとの位置関係において,これが位置する側を「内部」,その逆側を「外部」と規定するものであるということはできない。むしろ,特許請求の範囲には,「外部」に突出する凸部状の突出部は,その内部に設けられた凹部に,TPS,吸気圧力センサ及び吸気温度センサの少なくとも一つのセンサを含む回路基板の一方の面から突出した部材を格納することが規定されているところ,本件明細書では,突出部の内部に設けられた凹部も「ECUケースの内部」であると表現されている(【0039】)。すなわち,本件明細書では,ECUケースの内部を回路基板を有するECUが位置する側か否かで,「内部」や「外部」と区別するものではないことが明らかである。
ウ 引用発明1の認定の誤りの有無について
前記(1)のとおり,引用発明1において,ユニットハウジング46はスロットルボディ11の制御ユニット取付け部43に取り付けられるところ,【図3】及び【図4】の記載によれば,ユニットハウジング46が備える凸部状の突起部は,ユニットハウジング46がスロットルボディ11に取り付けられるときに,スロットルボディとの取付け面側に突出するものであると認められる。
したがって,引用発明1は,「外部に突出する凸部状の突出部を備える」から,本件審決が,引用発明1を「ユニットハウジング46は,内部に設けられる凸部状の突起部を備え,」と認定したのは,誤りである。
 
(3) 取消事由1-2(本件発明1の新規性及び進歩性に係る判断の誤り)
ウ 進歩性に係る判断の誤りについて
(ア) 引用発明1は,エンジンの吸気装置の改良に関し,従来の吸気装置では,スロットルセンサはスロットルボディに,燃料噴射制御用素子は,スロットルボディとは異なる部位に設置される電子制御ユニットにそれぞれ設けられていたので,スロットルセンサと電子制御ユニットとをそれぞれ設置するスペースを個別に確保しなければならず,スペース効率が悪く,吸気装置のコンパクト化が困難であり,また,スロットルセンサ及び電子制御ユニット間の配線作業のため相応の組立て工数を要するなどの問題があったことから,この問題を解決することができるエンジンの吸気装置を提供することを目的とし,かかる課題の解決手段として,エンジンの吸気装置において,スロットルバルブの開度を検知するスロットルセンサと,少なくともこのスロットルセンサの出力信号に基づいて燃料噴射弁の燃料噴射量を制御する燃料噴射制御用素子とを組み入れた電子制御ユニットを,スロットルボディに取り付け,前記スロットルセンサを,スロットルバルブの開度に連動して回転する回転子と,この回転子と対向してこの回転子の回転角度を電気信号に変換する固定子とから構成するとともに,その固定子を電子制御ユニットのセンサ基板に設け,そのスロットルセンサと反対側のセンサ基板の背面側に燃料噴射制御用素子を配設したものであり,これにより,①スロットルセンサ及び燃料噴射制御用素子をユニット化して,スロットルボディにコンパクトに取り付けることができるため,スロットルボディの他には電子制御ユニットのための設置スペースを用意する必要がなくなり,スペース効率が向上して吸気装置のコンパクト化を図ることができ,また,スロットルセンサ及び燃料噴射制御素子間の配線の簡素化をも図ることができるという作用効果,②センサ基板の広い背面側に燃料噴射制御用素子を自由に配設することが可能であり,そのレイアウトを所望のとおりに行うことができるという作用効果を奏するものである。
(イ) 原告は,本件発明1は,甲3ないし5に記載された技術常識に基づいて引用発明1Aから容易に想到できた旨主張する。しかし,甲3ないし5は,スロットルバルブに取り付けられるスロットルポジションセンサに関するものであり,これらの文献には,スロットルポジションセンサの構造が開示されているにすぎず(甲3【0013】~【0021】,【図1】。甲4【0009】~【0017】,【図1】。甲5【0008】~【0012】,【図1】。),スロットルポジションセンサ等のセンサの出力信号に応じて,燃料噴射量制御等のエンジン制御スロットルバルブ等を制御するECU(電子制御ユニット)を組み入れたECUケースの構造について開示するものではない。スロットルポジションセンサのハウジングとECUケースとは,技術的に異なる意義を有する構成であって,甲3ないし5の記載から,プリント基板につながるホール素子や,センサの要素の一部であるロータや磁石が,スロットルポジションセンサのハウジング内に格納されていることが見て取れるとしても,かかる記載をもって,ECUケースにおいて,相違点bに係る構成,すなわち,ECUケースが備える突出部の内部に設けられた「凹部は,回路基板の一方の面に取り付けられたTPS,吸気圧力センサおよび吸気温度センサの少なくとも一つのセンサを含む,前記回路基板の一方の面から突出した部材を格納」する構成が,本件特許の出願日当時の技術常識であったということはできない。そして,他に上記構成が本件特許の出願日当時の技術常識であったことを認めるに足りる証拠はない。
(ウ) 以上によれば,引用発明1Aにおいて,相違点bに係る本件発明1の構成を備えるようにすることは,当業者が容易に想到できたものであるということはできない。
よって,本件発明1は,引用発明1Aに基づき容易に発明をすることができたものではないから,本件審決における本件発明1の進歩性に係る判断には,結論において誤りはない。
 
【解説・感想】
 裁判所における、本件発明の目的や作用効果に基づいて「外部」の方向を認定した判断は、妥当と考える。本件では、TPS用突出部27(凸部)およびTPS用溝21(凹部)が開示され、このような場合も含めて、凹部がECUケースの「内部」であると説明されているためである。
 ただし、本件の明細書等において、図10の吸気圧力センサ用突出部43(凸部)および溝33(凹部)のような形状しか開示されていなければ、本件発明の目的や作用効果を考慮するとしても、異なる判断がされた可能性もあるのではないかと考える。
このような疑義が生じないよう、内側、外側のような相対的な配置を規定する場合には、位置関係の基準を明確にすべきと考える。