エクオール含有大豆胚軸発酵物事件

  • 日本判例研究レポート
  • 知財判決例-侵害系
判決日 2019.03.01
事件番号 H29(ワ)35663
担当部 東京地裁第47部
発明の名称 エクオール含有大豆胚軸発酵物,及びその製造方法
キーワード 文言解釈(大豆胚軸発酵物は、大豆胚軸の抽出物の発酵物を含むか否か)
事案の内容 特許侵害訴訟であり、侵害が認められなかった。

事案の内容

【ポイント】本件における「大豆胚軸発酵物」について、明細書の課題の記載や親出願の出願経過における原告の意見書における主張から、「大豆胚軸の抽出物の発酵物を含まない」と解釈された。
【経緯】
親出願 2006年12月5日(特願2007-549133,WO2007/066655、特許5030790)
分割1 2012年3月30日(特願2012-082486、特開2012-161323、特許5535263、)
分割2 2012年7月3日(特願2012-149675、特開2012-228252、特許5697633)
分割3 2014年2月20日(特願2014-030933、特開2014-129375、特許5734477)
分割3’(本願) 2014年4月15日(特願2014-083507、特開2014-158488)
本願登録日 2016年6月10日(特許第5946489)
【争点】
(1)被告製品は本件発明の技術的範囲に属するか?
   具体的には,被告製品は構成要件1-C及び3-Aを充足するか?
(2)本件特許には無効理由が存するか?  判断されず。
(3)訂正により本件特許の無効理由が解消したか?  判断されず。
【請求項1】の分説
1-A オルニチン及び (オルニチンはアルギニンから生成される)
1-B エクオールを含有する (エクオールはダイゼインの発酵生成物)
1-C 大豆胚軸発酵物
【請求項3】の分説
3-A 請求項1又は2に記載の大豆胚軸発酵物を配合した
3-B 食品,特定保健用食品,栄養補助食品,機能性食品,病者用食品,化粧品,又は医薬品。
【被告の行為】
 被告製品は,被告補助参加人(以下「補助参加人」という。)が被告に供給する「EQ-5」を原材料とし,これに「ビール酵母」,「ラクトビオン酸含有乳糖発酵物」などを配合したものをカプセルに封入したサプリメントである(甲3,弁論の全趣旨)。そして,「EQ-5」は,大豆胚軸から抽出された大豆胚軸抽出物であるイソフラボン(以下「原料イソフラボン」という。)を発酵させて得られたものである(丙5)。
【裁判所の判断】
1.被告製品は構成要件1-C及び3-Aを充足するか(争点1)について
 当裁判所は,構成要件1-C及び3-Aにおける「大豆胚軸発酵物」とは,大豆胚軸自体の発酵物をいい,大豆胚軸抽出物の発酵物を含まないと解すべきところ,被告製品は,大豆胚軸自体の発酵物を含有しないから,上記各構成要件を充足しないと判断する。以下,詳述する。
(1) 本件明細書の記載 省略
(2) 本件明細書の記載に基づく構成要件1-C及び3-Aの解釈
ア 上記記載によれば,①本件各発明の課題として,大豆胚軸抽出物は,それ自体コストが高いなどの理由から,エクオールを工業的に製造する上で,原料として使用できないのが現状であったこと,一方,大豆胚軸自体については,特有の苦味があるため,それ自体をそのまま利用することは敬遠される傾向があり,大豆の胚軸の多くは廃棄されているのが現状であったなどのため,大豆胚軸を有効利用するには,大豆胚軸自体の有用性を高めることが重要であったことが挙げられており,また,②本件各発明の効果としては,本件各発明の大豆胚軸発酵物は,エクオールと共に,エクオール以外のイソフラボンやサポニン等の大豆胚軸に由来する有用成分をも含有しているので,食品,医薬品,化粧料等の分野で有用であること,本件各発明の大豆胚軸発酵物は,大豆の食品加工時に廃棄されていた大豆胚軸を原料としており,資源の有効利用という点でも産業上の利用価値が高いこと等が挙げられている。
イ このように,本件明細書の記載によれば,本件各発明は,従来利用されずに廃棄されていた大豆胚軸自体を有効利用できるようにし,大豆胚軸に由来する有用成分を含有して食品等に有用な大豆胚軸発酵物に係るものであることが明らかであるから,そうである以上,本件各発明の構成要件1-C及び3-Aにおける「大豆胚軸発酵物」とは,大豆胚軸自体の発酵物をいい,大豆胚軸抽出物の発酵物を含まないと解すべきである。
ウ これに対し,原告は,本件明細書の段落【0007】及び【0008】の記載は,従来技術の記載に過ぎず,本件各発明は,大豆胚軸に豊富に含まれるダイゼイン類から多量のエクオールが生成されるとともに,栄養成分として発酵原料に含まれるアルギニンを,アルギニン変換能を有するエクオール産生菌によってオルニチンに変換させることで,従来技術において大豆胚軸抽出物に存在したコスト高という欠点を克服すると共に,発酵物をより有用なものにしたものであり,本件各発明は,むしろ発酵原料に栄養素を含めることを積極的に必要としている旨主張する。原告の主張の趣旨は必ずしも判然としないところもあるが,いずれにしても,上記説示のとおり,本件明細書の記載によれば,本件各発明は,従来利用されずに廃棄されていた大豆胚軸自体を有効利用できるようにし,大豆胚軸に由来する有用成分を含有して食品等に有用な大豆胚軸発酵物に係るものであることが明らかであるから,原告の上記主張は,明細書の記載に反し,採用できない。
(3) 本件特許の親出願の出願経過について
 上記の解釈は,本件特許の親出願の出願経過からも裏付けられる。
ア 親出願の審査の過程で,特許庁は,国際公開2005/000042号(丙3の2:特許権者出願)を引用文献1として,平成23年11月9日を起案日とする拒絶理由通知をした(丙3の3)。そこには,以下の記載がある。
 「引用文献1の請求項9には,ダイゼイン類およびダイゼイン類含有物質からなる群から選ばれる少なくとも1種に,ダイゼイン類を資化してエクオールを産生する能力を有するラクトコッカス属に属する乳酸菌を作用させることにより,エクオールを製造することが記載され,請求項10には,乳酸菌がラクトコッカス・ガルビエであることが記載されている。また,第9頁37~41行には,ダイゼイン類含有物質として大豆胚軸が記載されている。
 してみれば,引用文献1の記載に基づいて,ダイゼイン類含有物質である大豆胚軸に上記ラクトコッカス・ガルビエを作用させることにより,エクオール含量を高めた大豆胚軸発酵物を製造することは,当業者が容易になしうることである。」
イ これに対し,出願人は平成23年11月29日付意見書(丙3の4)において,以下のとおり主張した。
 「審査官殿がご指摘の通り,引用文献1には,ダイゼイン類を資化してエクオールを産生する能力を有するラクトコッカス・ガルビエをダイゼイン類及びダイゼイン類含有物質からなる群から選ばれる少なくとも1種に作用させることによって,エクオールを産生すること(請求項9及び10),及び,ダイゼイン含有物質として大豆胚軸が記載されています。
 しかしながら,引用文献1には,ダイゼイン類含有物質として,大豆胚軸以外にも,大豆イソフラボン,葛,葛根,レッドクローブ,アルファルファ,並びにこれら植物の誘導体及び加工品(例えば,大豆粉,煮大豆,豆腐,油揚げ,豆乳),これらの発酵調理物(例えば,納豆,醤油,味噌,テンペ,発酵大豆飲料)等多数の具体例が示されています。また,引用文献1の実施例において,実際にエクオール産生能を有するラクトコッカス・ガルビエを用いた発酵の原料として使用されているものは,豆乳,牛乳及びスキムミルクだけであります。そして,以下にご説明する事情を考慮しますと,エクオール産生能を有するラクトコッカス・ガルビエを用いたエクオールの製造において,その発酵原料として大豆胚軸を選択することには阻害要因が存在します。
 即ち,本願明細書の第0028段落並びに表1及び表2の記載から明らかなように,大豆胚軸にはダイゼイン類だけでなく,ゲニスチン,マロニルゲニスチン,アセチルゲニスチン,ゲニステイン,ジハイドロゲニステイン等のゲニステイン類,グリシチン,マロニルグリシチン,アセチルグリシチン,グリシテイン,ジハイドログリシテイン等のグリシテイン類等の多くのイソフラボンやサポニンが含まれています。そして,これら大豆胚軸に含まれる成分には,微生物の生育や微生物を用いた発酵(ダイゼインのエクオールへの変換)を阻害する作用があることが本願の優先日前から知られています。例えば,International Journal of Antimicrobal Agents, 23, p.99 -102, 2004(別途,手続補足書にて「参考資料1」として提出します。)にはゲニステイン(YS13)を含む植物由来のイソフラボンは抗菌活性を有することが示されています(要約及び第101頁左欄結果(3.1)の項)。これは,エクオール産生能を有するラクトコッカス・ガルビエを用いて大豆胚軸からエクオールを製造する際に,そこに含まれるゲニステイン等の存在により,その生育や発酵が阻害され得ることを示しています。よって,参考資料1の記載から当業者であれば,ゲニステインを含む大豆胚軸は,微生物の生育や微生物を用いた発酵の基質として適していないと通常理解します。
 また,日本老年医学会雑誌38巻臨時増刊号(2001)144頁P135(別途,手続補足書にて「参考資料2」として提出しま す。)には,大豆胚軸に存在するサポニンが微生物のα-グルコシダーゼ活性を阻害することが記載されています。一方,エクオール産生能を有するラクトコッカス・ガルビエがダイゼイン配糖体,特にはダイジンをダイゼインに代謝しエクオール産生の基質に変換するためには,当該微生物のグルコシダーゼ作用により糖を配糖体から切断する必要があります。そうすると,大豆胚軸に存在するサポニンによるグルコシダーゼ活性阻害が,ダイゼイン類からのエクオールの産生に阻害的に働くこととなります。従って,サポニンを含有する大豆胚軸が,エクオール産生のための原料として適していないことは明らかです。加えて,Biosci. Biotechnol. Biochem., 62, 1498-1503, 1999(別途,手続補足書にて「参考資料3 」として提出します。) やBiosci.Biotechnol. Biochem., 68, 428-432,2004(別途,手続補足書にて「参考資料4」として提出します。)には,大豆成分によるHMC-CoAレダクターゼ阻害活性や膵リパーゼ阻害活性が記載されております。つまりは,大豆成分には,種々の酵素阻害成分が含まれているため,酵素変換に基づき産生させる基質としては,多くの阻害的要因を有することがわかります。このように,大豆胚軸には,微生物の生育や微生物を用いた発酵によるエクオールの製造に適していない成分が含まれていることが知られていたため,当業者であれば,エクオールの製造における発酵基質として大豆胚軸を使用することは困難と考えるのが相当です。これに対し,本発明は,そのような阻害要因の存在にもかかわらず,他の微生物では困難性を有するのに対し,ラクトコッカス・ガルビエであれば,大豆胚軸に存在する多くのイソフラボン類の存在下でも生育が可能であり,更に大豆胚軸を基質とすることで効率的にエクオールを産生するという本願出願時には予期し得なかった知見に基づいて完成した発明です。」
ウ 要するに,親出願の出願経過における原告(出願人)の上記主張は,ダイゼイン類含有物質としては,大豆胚軸以外にも,大豆イソフラボンなどが存在するところ,「大豆胚軸にはダイゼイン類だけでなく,ゲニスチン,マロニルゲニスチン,アセチルゲニスチン,ゲニステイン,ジハイドロゲニステイン等のゲニステイン類,グリシチン,マロニルグリシチン,アセチルグリシチン,グリシテイン,ジハイドログリシテイン等のグリシテイン類等の多くのイソフラボンやサポニンが含まれています。そして,これら大豆胚軸に含まれる成分には,微生物の生育や微生物を用いた発酵(ダイゼインのエクオールへの変換)を阻害する作用があることが本願の優先日前から知られています。」として,「エクオール産生能を有するラクトコッカス・ガルビエを用いたエクオールの製造において,その発酵原料として大豆胚軸を選択することには阻害要因が存在します。」とするものであり,ここでは,原告は,明らかに,「大豆胚軸」を「大豆胚軸の抽出物(イソフラボン等)」と異なる「発酵を阻害する成分が含まれる大豆胚軸自体」であると主張していると認められる。
 本件特許は親出願の分割出願に係るものであるから,本件発明における「大豆胚軸」も親出願と同様に理解されるべきところ,親出願の出願経過における原告の上記主張の内容は,上記(2)の説示と同内容であり,これを裏付けるものということができる。
エ これに対し,原告は,親出願の出願経過における上記主張は,(ダイゼイン類以外の)イソフラボンや,サポニンの存在を,大豆胚軸を選択する阻害要因として主張したのであって,大豆イソフラボンと大豆胚軸を殊更に区別して,後者のみに阻害要因があると主張したのではないことは明らかであり,まして,大豆胚軸の抽出物を発酵させた場合が「大豆胚軸発酵物」から除外されるということはどこにも述べられていないと主張する。しかし,上記説示のとおり,親出願の出願経過における原告の意見書における前記主張は,明らかに,「大豆胚軸」を「大豆胚軸の抽出物(イソフラボン等)」と異なる「発酵を阻害する成分が含まれる大豆胚軸自体」であるとするものであるから,これに反する原告の上記主張は採用できない。
(4) 被告製品について
ア 証拠(甲3,丙5)によれば,被告製品は,補助参加人が被告に供給する「EQ-5」に「ビール酵母」,「ラクトビオン酸含有乳糖発酵物」などを配合したものをカプセルに封入したサプリメントであること,上記の「EQ-5」は,大豆胚軸から抽出された大豆胚軸抽出物である高い純度の原料イソフラボン(その90%以上がダイジンなどの大豆イソフラボンである。)を,さらに発酵させて得られたものであることが認められる。
 そうすると,被告製品に含まれる「EQ-5」は,大豆胚軸抽出物の発酵物であって,大豆胚軸自体の発酵物ではないから,「EQ-5」ひいては被告製品も,本件発明の構成要件1-C及び3-Aを充足せず,本件発明の技術的範囲に属さないものというべきである。
イ これに対し,原告は,被告らが主張する原料イソフラボンの組成(丙5の別紙1)を見ても,ダイゼイン類,グリシテイン類,ゲニステイン類の順にその含有量が多く,中でも配糖体であるダイジン,グリシチン及びゲニスチンの含有量が多いという,大豆胚軸に特徴的な組成を示しており,さらに,たんぱく質,脂質,灰分及び食物繊維は,本件明細書(段落【0019】)に記載された加熱処理,乾燥処理,蒸煮処理,脱脂処理又は脱タンパク処理によっても減少しうるものであるから,結局,当該発酵原料は大豆胚軸と質的に異なるものではなく,せいぜい,大豆胚軸にダイゼイン類が失われない限度で処理を施したものにすぎない旨主張する。
 しかし,証拠(丙5)によれば,原料イソフラボンは,100gあたり92gの総イソフラボン含有量であり,大豆イソフラボン以外の成分の含有量は,100g中せいぜい8gにすぎないことが認められるところ,本件明細書記載の実施例をみると,大豆胚軸の総イソフラボン類は100gあたり1.942gであり(表2),これに本件明細書【0019】に記載されているような脱タンパク,脱脂,蒸煮,乾燥などの処理を行っても,100gあたりのタンパク質38.1g,脂質13.0g,灰分4.3g,食物繊維10.5g,水分3.2g(表3)が減量するだけで,原料イソフラボンのような100gあたり92gもの総イソフラボン含有量には到底なり得ず,結局,原料イソフラボンが本件明細書に記載されているような加工を行った大豆胚軸と質的に異ならないなどとはいうことができないから,原告の上記主張は採用できない。
(5) 小括
 以上のとおり,被告製品は本件発明の構成要件1-C及び3-Aを充足しない。これに対し,原告はるる主張するが,いずれも採用できない。
2 結論
 よって,その余の争点について判断するまでもなく,原告の請求はいずれも理由がないからこれらを棄却することとして,主文のとおり判決する。
【所感】
 親出願の意見書の主張は、分割出願1の分割前であり、親出願を特許査定に導くため、致し方なかったと言える。大豆胚軸発酵物の解釈について、本訴訟における原告(特許権者)と被告の主張を比較してみると、原告の主張は、明細書の記載や親出願での意見書の内容と全く整合しておらず、無理筋であり、被告の主張の方が理にかなっていると感じた。なお、本件判決では、無効理由についての判断がされなかった。知財高裁に控訴された場合には、大豆胚軸発酵物の解釈だけで無く、無効理由についての判断も期待したい。