床の開口蓋他 特許権侵害差止等請求事件
判決日 | 2024.05.30 |
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事件番号 | R4(ワ)2058 |
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担当部 | 大阪地裁第21民事部 |
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発明の名称 | (1)床の開口蓋 (2)取付部材 (3)床開口用枠体、床構造、及び、床開口用枠体の設置方法 |
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キーワード | 均等侵害、クレーム解釈 |
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事案の内容 | 本件は、特許権侵害差止等請求事件であり、原告の請求は一部認められ、その余は棄却された。 |
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事案の内容
【手続の経緯】
(特許権1)存続期間満了
平成15年3月17日 特許出願 特願2003-71178号
平成20年9月12日 設定登録(特許第4185792号)
(特許権2)
平成19年2月23日 特許出願 特願2007-44278号
平成25年9月15日 設定登録(特許第5197972号)
(特許権3)
平成19年2月15日 特許出願 特願2007-35177号
平成25年3月 1日 設定登録(特許第5208433号)
被告製品1の製造等について(特許権1)の侵害(間接侵害)であり、
被告各製品の製造等について(特許権2及び3)の各侵害(直接侵害)であるとして、請求(差止め、廃棄、支払い)が原告よりされた。
【事件の概要】
1.原告の特許権
原告は、本件訴訟提起後の令和5年2月3日、本件特許2の請求項1ないし4の特許請求の範囲の記載に係る訂正審判請求をし(訂正2023-390014)、同年4月6日、上記請求を認める審決があり、これが確定したため、請求原因を本件訂正後の請求項1及び3の発明に基づくものに変更した。
2.構成要件の分説
本件発明1、本件訂正発明2-1、本件訂正発明2-3及び本件発明3の各構成要件は、別紙「蓋(フロア仕様)の構成」、別紙「被告各製品の構成」及び別紙「充足論(本件発明3)」の各「構成要件」欄記載のとおり分説される。
3.被告各製品等の構成及び構成要件充足性
ア 被告各製品は、「ふた枠」、「裏蓋」、「外枠」、「ふた板カットガイド」及び「ねじ」等の各部材から構成される(ただし、被告製品1はフロア用であり、フロア材を裏蓋に「ふた板固定ねじ」で取り付けるのに対し、CF用(クッションフロア仕様)である被告製品2は、クッションフロアを裏蓋に両面テープで取り付けるため、「ふた板カットガイド」や「ふた板固定ねじ」等は付属していない。)。(甲5)
イ 「蓋(フロア仕様)」は、被告製品1の「裏蓋」及び「ふた枠」に「フロア材」を組み合わせて構成されるものであり、その概要は、別紙「被告各製品の構造(概要)」1のとおりである。上記のように構成される床の開口蓋を、以下、単に「蓋(フロア仕様)」ということがある。被告製品1は、第1世代から第4世代まで形状に変遷があるが(乙2)、構成要件充足性に関しては同一の構成であることに争いはない。
ウ 被告各製品は、別紙「被告各製品の構造(概要)」2のとおりの構造(形状)であり、本件訂正発明2-1の構成要件2C、2E、本件訂正発明2-3の構成要件2C、2L、本件発明3の構成要件3B、3Eをそれぞれ充足する。(争いなし)
4.被告の行為
被告は、少なくとも令和2年6月から令和5年6月末日までの間、被告各製品を製造及び販売した。(弁論の全趣旨)
5.請求項
【請求項1】
荷重に対して容易に撓まないように、リブが設けられた蓋基板と、この蓋基板の上に重
ねて配し、周縁部を除く複数個所を、裏面からのネジ止めで固定される蓋表板と、この蓋
表板の周側縁に設けられる蓋枠とからなり、蓋枠は、その上端に内向きに鍔を有して、こ
の鍔で蓋表板の周縁を上面から押え付け、また、蓋枠はその裏面に、複数のネジ孔を有し
、蓋基板の裏面からネジによって、蓋基板に締込み固定され、蓋枠の鍔により、蓋表板の
周縁が強く押えられて、蓋基板に密着させられるようになる、床の開口蓋。
6.争点
争点は1から9まであり、本レジュメでは争点1を取り上げる。
【当裁判所の判断】(※以下、下線は筆者が付した。)
1 本件発明1の技術的範囲への属否(被告製品1に関する間接侵害の成否)
(争点1)について
(1) 「蓋(フロア仕様)」の構成
証拠(甲4、5、7、20の1、20の2)によれば、「蓋(フロア仕様)」の構成は、別紙「蓋(フロア仕様)の構成」の「裁判所の認定」欄記載のとおりであると認められる。
(2) 本件明細書1の記載
本件明細書1には、別紙「本件明細書1(抜粋)」の記載がある。
(3) 文言侵害の成否(争点1-1)
ア 構成要件1Bの充足性
「蓋(フロア仕様)」が「周縁部を除く複数個所を、裏面からネジ止めで固定される」(特に「周縁部を除く」)の構成を備えるかが問題となる。構成要件1Bのうち、同部分以外の充足性について、当事者間に争いはない。
(ア) 「周縁部を除く複数個所」の意義
特許請求の範囲には、「周縁部を除く複数個所」が蓋表板における裏面からのネジ止め位置であるとの記載(構成要件1B)はあるが、当該ネジ止め位置のすべてが「周縁部を除く」部分のみに位置すると限定する記載はない。
本件明細書1には、本件発明1の課題(蓋基板に対して固定することによって、蓋装着時の段差やガタ付きを防止した床の開口蓋を提供すること(【0005】))を解決する手段の一部として、構成要件1Bの構成(蓋表板の構成を「周縁部を除く複数個所」の要所を裏面からネジ止めで固定される構成(【0006】、【0013】))とされたことが記載されている(なお、すべてのネジ止め位置が中央部寄りに位置されている【図3】は、実施例にすぎない(【0012】))。
これらによれば、構成要件1Bの「周縁部を除く複数個所を、裏面からネジ止めで固定される」とは、複数の「周縁部を除く」個所部分のみがネジ止めで固定されるとの趣旨ではなく、フロア材の周縁(「まわり。ふち。」〔広辞苑第7版〕参照)を除く複数の個所がネジ止めで固定されるとの趣旨であり、それ以外の部分のネジ止めについて何らかの限定をするものではないと解される。
(イ) 「蓋(フロア仕様)」は、上記(1)のとおり、フロア材が、少なくとも8か所は中央部寄りに位置するネジ止めにより裏面から固定されるから(甲5)、仮に、被告主張のとおり残りの12か所のネジ止めが「周縁部」に位置したとしても、「周縁部を除く複数個所を、裏面からネジ止めで固定される」を充足する(なお、甲7、8によれば、被告製品1のフロア材の20か所のネジ止めは、いずれも周縁部を除く個所に位置しているともいえる。)。
(ウ) これに対し、被告は、本件明細書1の記載(【0004】、【0006】、【0010】、【0013】)からすると、本件発明1において、蓋基板と蓋表板のネジ止め箇所から周縁部が除かれている理由は、蓋表板の撓みは蓋枠の鍔が蓋表板の周縁を「強く」押さえることで矯正され、蓋基板と蓋表板のネジ止めによって矯正されるものではないことを明示するものと解されるから、構成要件1Bの「周縁部を除く」は、蓋表板の周縁が蓋基盤とネジ止めされないことで、蓋表板の中央部を支点として機能することを所期した発明特定事項である旨主張する。しかし、上記の本件明細書1の記載をみても、周縁部がネジ止め固定されてはならないことまで特定したものとは解されないから、被告の上記主張は採用できない。
また、被告は、上記解釈に沿った原告の主張は、出願過程の原告の主張(蓋表板の「中央部」でネジ止めされるとの主張)と矛盾し、原告の主張は信義則違反又は禁反言の原則に照らして許されないなどと主張する。この点、出願過程における意見書(乙26)には、本件発明1について「蓋表板と蓋基板とは中央部で、蓋枠と蓋基板とは周縁部で、ネジ止めされています」との記載があるが、これは、ネジ止めの固定方法について、本件発明1では、意見書記載の「引用例1」の方法(蓋表板と蓋基板とが周縁部ですべて一体的にネジ止め固定される方法)に対し、上記2つの固定方法が開示されていることを説明したものにすぎず、周縁部を含む中央部以外の部分における蓋表板と蓋基板のネジ止めを排除する趣旨の説明とは解されない。したがって、原告の上記主張は、出願過程の意見書の内容と矛盾しないから、被告の上記主張は採用できない。
イ 構成要件1Eの充足性
「蓋(フロア仕様)」が「強く押さえられて」、「ネジ孔」、「締込み固定」の各構成を備えるかが問題となる。構成要件1Eのうち、上記各部分以外の充足性について、当事者間に争いはない。事案に鑑み、「ネジ孔」の充足性から判断する。
(ア) 特許請求の範囲及び本件明細書1には、文言上、蓋枠が「ネジ孔」を有すること以外に、「ネジ孔」の構成や形態、具体的には、「ネジ孔」が単一の部材で構成されるのか、複数の部材の組合せにより構成されるものを含むのかを明示する記載はない(「ネジ孔」が単一の部材による構成されることを示す【図1】、【図2】、【図4】は、いずれも実施例にすぎない(【0012】)。「ねじあな」の語義は「ねじの切ってある孔。ボルト穴」(広辞苑第7版)、「ねじを受け入れる螺旋状の溝の切ってある孔。雌ねじの穴やボルト穴」(大辞林(乙4))であり、「あな(穴・孔)」とは「くぼんだ所または、向うまで突き抜けた所」である(広辞苑第7版)とされている。これらの語義に照らせば、「ネジ孔」とは「ねじの切ってあるくぼんだ所又は突き抜けた所」であり、そのような部位全体をいうものと解するのが自然である。このような解釈は、本件明細書1に記載された本件発明1の課題及び作用効果とも整合する。
(イ) 「蓋(フロア仕様)」では、ふた枠(構成要件1Eの「蓋枠」に該当すると認められる。)が有するのは「ふた枠アシストねじ円弧部」という円弧状の部材であり、ふた枠アシストねじ円弧部とこれと対となる裏蓋表面の円弧部が当接して円形状の空間が形成され(別紙「被告各製品の構造(概要)」1記載の写真)、この空間部分にふた枠アシストねじが挿入される。すなわち、上記空間部分は、ふた枠に形成される「ふた枠アシストねじ円弧部」と裏蓋に形成される円弧部という2つの部材の組合せにより構成されるにすぎず、「ふた枠アシストねじ円弧部」のみでは「ねじの切ってあるくぼんだ又は突き抜けた」部位全体とはいえない。そうすると、「蓋(フロア仕様)」において、蓋枠が「ネジ孔」を有するとはいえないから、構成要件1Eを充足しない。
ウ 以上のとおり、「蓋(フロア仕様)」は構成要件1Eを充足しないから、その余の点について検討するまでもなく、被告製品1の本件発明1に関する文言侵害(間接侵害)の成立を認めることはできない。
(4) 均等侵害の成否(争点1-2)
上記(3)のとおり、「蓋(フロア仕様)」は、構成要件1Eの蓋枠が「ネジ孔」を備える構成を有しておらず、少なくともこの点において本件発明1と相違するところ、均等侵害(間接侵害)が成立するか検討する。
ア 特許請求の範囲に記載された構成中に相手方が製造等をする製品又は用いる方法(以下「対象製品等」という。)と異なる部分が存する場合であっても、①同部分が特許発明の本質的部分ではなく(第1要件)、②同部分を対象製品等におけるものと置き換えても、特許発明の目的を達することができ、同一の作用効果を奏するものであって(第2要件)、③上記のように置き換えることに、当該発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(当業者)が、対象製品等の製造等の時点において容易に想到することができたものであり(第3要件)、④対象製品等が、特許発明の特許出願時における公知技術と同一又は当業者がこれから同出願時に容易に推考できたものではなく(第4要件)、かつ、⑤対象製品等が特許発明の特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情もないとき(第5要件)は、同対象製品等は、特許請求の範囲に記載された構成と均等なものとして、特許発明の技術的範囲に属するものと解するのが相当である(最高裁平成6年(オ)第1083号同10年2月24日第三小法廷判決・民集52巻1号113頁参照)。
事案に鑑み、第2要件及び第3要件について検討する。
イ 上記(3)のとおり、本件発明1は、蓋枠の裏面に形成される「ネジ孔」にネジをねじ込んで蓋表板と蓋基板を密着状に固定し、段差やガタ付きを防止するとの作用効果を奏することになるのに対し、「蓋(フロア仕様)」は、被告製品1のふた枠に設けられるふた枠アシストねじ円弧部とこれと対となる裏蓋の円弧部が組み合わさって形成される空間にふた枠アシストねじが締め込まれて、裏蓋とフロア材を密着状に固定し、段差やガタ付きを防止されることになり、この点では本件発明1と同一の作用効果を奏するから、均等侵害の第2要件は認められる。
一方、ネジが締め込まれる空間は、複数部材より形成される場合と比較して単一の部材により形成される方がネジによるより強度の締込み(固着力)が実現されるというのが技術常識であると解されるところ、当業者において、本件発明1の「ネジ孔」の構成から、あえて締込みの強度が低下すると考えられる被告製品1の上記構成に置換することが容易であることを裏付けるに足りる証拠はないから、均等侵害の第3要件を認めることはできない。
ウ したがって、「蓋(フロア仕様)」について、本件発明1に対する均等侵害(間接侵害)の成立を認めることはできない。
(5) 小括
以上によれば、「蓋(フロア仕様)」は本件発明1の構成要件を充足しないから、被告製品1が本件発明1に係る本件特許権1を侵害すると認めることはできない。
【所感】
裁判所は「あえて締込みの強度が低下すると考えられる被告製品1の上記構成に置換すること」が容易とはいえないとして、第3要件(置換容易性)を認めていない。しかし、単一部材を複数部材で形成するように変更する技術自体は珍しくはないため、裁判所の判断は妥当ではないと感じる。